「temi」を活用したドコモの院内誘導システムは、コロナ禍における人との非接触化や病院職員の負担軽減を目的に開発されました。クラウドでの一元管理やシンプルな操作性への高い評価とともに、ロボットの有用性を証明した実証実験の事例を紹介します。
1.【法人課題】非臨床領域でも最新技術の導入を進めたい
神奈川県鎌倉市にある医療法人徳洲会 湘南鎌倉総合病院(以下、湘南鎌倉総合病院)は“救急を決して断らない”をコンセプトの一つに掲げており、救急車の受入要請に対する応需率は100%、受入件数は年間16,000人以上(2021年)で、全国でもトップクラスの高度急性期病院として知られています。また2021年にはがん医療の強化を目的とした先進医療センターを開設するなど先駆的な取組みを続けるとともに、最新鋭の医療機器の導入や活用も積極的に行っています。
一方、長年の課題は非臨床領域が旧態依然であること。事務長の芦原教之氏は次のように話します。
「医療業界において、手術支援など臨床にかかわるロボットやIoT化の進化には著しいものがあります。しかし治療や検査に至る手前の非臨床領域においては、紙での事務運用や対面での院内案内などアナログな部分が多く、20年前とほとんど変わらない状態です。」(芦原氏)
なかでも喫緊の課題は院内案内などの“人が行うサービス”。少子高齢化の影響で、人手不足や職員の負担増加が進んでいるからです。
「少子化によって医療サービスに携わる働き手は減少しているのが実情です。また高齢の患者さまの案内にはどうしても時間を要するため、担当職員の業務量増加の一因となっていることも否めません。」(芦原氏)
こうしたなか湘南鎌倉総合病院は、神奈川県より「ロボット実装実験事業プロジェクト」の実施施設に選定されます。これは“新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向けた非接触化や職員の負担軽減”を目的とした県の取組みで、湘南鎌倉総合病院は長年の課題であった非臨床領域におけるロボットの有用性を検証するため、米Temi社が開発したロボット「temi」を活用したドコモの院内誘導システムの実証実験を行いました。
2.【技術的背景】自律走行型ロボットが目的地まで誘導
「temi」は、ディスプレイ画面のついた高さ1メートルのパーソナルロボット。多くのセンサーが搭載されており、人の認識や障害物を回避しながらの自律走行が可能なため、動きがとてもスムーズです。また、親しみのあるデザインも大きな特徴の一つです。
ドコモは、複数の「temi」をクラウド上で管理でき、誰にでもわかりやすい画面設計を備えた院内誘導システムを構築しました。タッチパネルのタップや音声による指示で行きたい場所を伝えると、画面上に経路案内を表示したり、患者さまを先導して院内の目的地まで誘導したりすることができます。
また、ロボットが院内誘導を行うにあたっては、エレベーターが大きなハードルとなっていました。規制により、ロボットは人間と一緒にエレベーターに乗ることができないからです。「temi」は従来、単独で生活支援を行うロボットですが、ドコモはエレベーターの課題を克服するため複数台の「temi」をクラウド上で同時に制御するシステムを開発。例えば1階にある「temi」がエントランスからエレベーター前まで誘導し、患者さまが2階に到着すると別の「temi」が誘導を引継ぐといったリレー方式により、患者さまを最終目的地まで案内することを可能にしました。
3.【法人評価】新時代の病院を予見するシステム
「temi」に対する芦原氏の第一印象は「とてもシンプル」というものでした。
「今まで接したロボットは、操作性がとても複雑で開発者目線で作られているものが多かったのですが、『temi』はインターフェースも含めて利用者目線で作られている印象を持ちました。無駄を省いたシンプルな操作画面は、スマートフォンやタブレットと同じような感覚で扱えるので利用しやすいと感じました。
また、エレベーターの課題をどうするのか興味を持っていましたが、リレー方式によって解決したその技術力にはとても驚かされました。当院には1日に約2,000人の方が来院しますが、その方々にロボットの存在を認知してもらうという観点からも、複数台の『temi』の稼働は大きなインパクトがあったと思います。」(芦原氏)
当初はロボットに抵抗感を抱く利用者が多いと予測し、職員が行き先を聞いてロボットに指示を与えていました。しかしロボットに対する抵抗感は思いのほか少ないことがわかり、途中からは利用者が直接「temi」に触れて指示してもらう運用に変更しました。
「病院を含め、ロボットやIoTを活用する新しい社会づくりには10〜20年かかると考えていましたが、この1、2年で加速度的に進んだように感じます。」(芦原氏)
院内誘導をロボットに任せることで、職員は本来の業務に集中できるようになり、患者さまからも「操作しやすい」といった声が多く寄せられました。
また、小児科を受診に来た子どもたちがロボットとの触れ合いを楽しんでくれたことで思わぬ効果が得られたといいます。
「病院という異質な空間で緊張してしまう子どもが多いのですが、ロボットに接することで心が和んでいるように見えました。想定外の効果です。」(芦原氏)
ロボットの価値が浸透し非臨床領域でも活用できること、それにより職員の負担は軽減、ひいては患者さまの利便性の向上につながるなど多くの有用性を証明した今回の実証実験。新時代の病院のあり方を予見する取組みとなりました。
4.【将来展望】社会的立場の弱い方を救うために最新技術を活用
「temi」を活用した院内誘導システムの実証実験を通して、いくつか課題も浮かび上がりました。その一つがロボットの走行速度と距離感の問題です。
「高齢者の視野角度は、腰の曲がりなどで水平から25度くらい下になると言われています。その方々に対し、どのくらいの距離感で誘導すればロボットが視界から外れないか、どのくらいの速度なら安全性を確保できるかなど、社会的弱者とされる方々のニーズをより詳細に把握し反映させることが、ロボットを活用する上で重要だと感じました。」(芦原氏)
湘南鎌倉総合病院では5Gを利用できる環境がまだ整っていませんが、5Gが医療の可能性を高めることには大きな期待を寄せています。
「5Gに最も期待しているのは、災害時などに遠隔地の情報がクリアに受取れるという点です。東日本大震災を経験して私たちが感じたのは、医師が出向いての対応には限界があるということです。そうした状況下では看護師や職員が遠隔地に出向き現場と病院をネットワークでつなぐことで、一人の医師が複数人の対応にあたれるようにしなければなりません。その際、高精度の映像や音声を、遅れたり途切れたりすることなく通信できる5Gはとても魅力的です。」(芦原氏)
湘南鎌倉総合病院は5Gの活用にも高い優先度で取組んでおり、5G導入に向けた環境づくりを進めています。こうした最新技術の積極的な導入は、病院のコンセプトである“弱者を置き去りにしない医療”を実践するためでもあるのです。
- ※ 掲載内容は、2022年3月4日取材時点の情報です。