コロナ禍以前の地方のDX事情
栃木に引っ越して、もうすぐ丸3年になる。人口50万人を超える宇都宮市は、東京から新幹線で50分とアクセスも良く、地方だけど「田舎」という感じはしない。東京に本拠を置く大企業の支社も多く、お店などもだいたいのものは揃っている便利な街だ。だから私も、3年前にこの宇都宮市に本拠を置く栃木サッカークラブ(Jリーグクラブ「栃木SC」の運営会社)に転職してきたときは、東京とそんなに変わらない感覚で仕事ができるのではないかと思っていた。
しかしそんな私を待ち受けていたのは、予定共有のためのホワイトボードと電話とFAXとメールとすごく動作の遅いWindowsマシンだった。前職のITベンチャーでは、予定の共有はGoogleカレンダーを使い、社内のコミュニケーションには「Slack(ビジネスチャット)」や「Hangout(ビデオチャット)」、稟議は「rakumo」、社会保険の手続きは「SmartHR」、ストレージは「Dropbox」というふうにほとんどの業務をSaaSを使って遂行していた。それが当たり前の世界から来た自分からすると、世界がひと昔もふた昔も前にタイムスリップしたかのように思えた。
しかしこのような状況は、地方の中小零細企業では珍しいことではない。実際、栃木SCも社員数は17名、売上高9.7億円の立派な中小企業だ。Jリーグクラブということで認知度だけがそこそこあるので誤解されがちだが、中身は地方の中小零細企業となにも変わらないのである。
そんな環境の中に「元ITベンチャーの社長」という少し異色な人間が紛れ込んでしまったわけだが、幸いなことにこういったシステムを導入していくことに抵抗する人は社内にはいなかった。いきなりガラっと変えたら反発されるのでは?と心配していたのだが、思いのほかスムーズにいったのは2つ理由があったと思う。1つは、私が入社する2年前に就任した橋本社長が折に触れてシステムを入れたいという提案をして地ならしをしてくれていたということ、もう1つは私が「部長」というポジションで入ったことではないかと思う。急速に何かを変えるには、やはりボトムアップよりトップダウンのほうが話が早い。
周りの皆も新しいことを面白がってくれる人たちだったという幸運もあり、2018年に始まった栃木SCの「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、2020年の初めごろには平均的なITスタートアップの8割程度まで完了していた。おそらく地方の中小零細企業はもとより、他のJリーグクラブと比べても、相当DXは進んでいたと思う。