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データの利活用で拓く、これからの製造業

  • 竹内 芳久 氏オペレーショナルエクセレンス研究所 代表
    ワクコンサルティング(株) エクゼクティブコンサルタント

昨今DXが叫ばれる製造業界では、IoTやAIを活用したデータの収集・活用に取り組み始めている企業も増えています。一方、中小企業の中には、リソースやノウハウの不足により、なかなかDXを進められていない企業があるのも事実です。

今回は、日産自動車、米国HONEYWELL、ジャパンインダストリアルソリューションズにて製造会社の改善・改革に従事され、グローバルに30以上の国で効率的な生産システムを展開、飛躍的な品質/生産性向上や在庫削減の実現をリードされてきた竹内芳久氏に、製造業におけるDXの現在地と推進のポイントを伺いました。

  1. 01日本のサプライチェーンの特徴と、世界共通の課題
  2. 02製造業でのデータ活用に有力な「センサー」
  3. 03日本の長所が失われないようなデータ活用のあり方が重要
  4. 04投資対効果が曖昧なものにも投資できるか
  5. 05スマート工場が製造業を変える
  6. 06中小企業のDXには、小さな成功体験が必要だ

日本のサプライチェーンの特徴と、世界共通の課題

――製造業における一般的なサプライチェーンは、どのような構造でしょうか。

竹内:大きな流れとして、まずお客さまからのオーダーが出発点になります。そこから販売計画が決まり、それに連動する形で生産計画、在庫計画が決まります。PSI(Production、Sales、Inventory)といわれるこの3点がセットで行われます。

PSIを引き継いで、実際に最終製品の生産計画を作っていくプロセスがMPS(Master Production Schedule)といわれます。ここで月単位や週単位といった具体的な形で計画に落ちていきます。

次にMRP(Material Requirement Planning)プロセスを経て部品の所要量計画が作成され、調達計画や製造計画へと展開されていきます。調達では、カタログ品や図面を提示して作成してもらう外注部品を調達します。その後加工や組立といった自社で内製する工程を経て、製品の出荷となります。製品は直接客先へ送る場合もあれば、販売拠点を経由する場合もあります。以上がサプライチェーンの大きな流れです。
さらに、見込み生産を行う場合は、「需要予測」のプロセスが加わります。

著作者:pch.vector / 出典:Freepik

――製造業サプライチェーンはどのような課題を抱えていますか。

竹内:直近ではコロナやウクライナ危機でサプライチェーンが停止しましたが、この2つは特別なものとして置いておくとして。

一サプライチェーンの課題として焦点が当たっているのは「スピードアップ」です。要はリードタイムの短縮ですね。人の意思決定から実際の物を運ぶところまで、各プロセスに様々な要素が関わってくるサプライチェーンに対し、ICTを活用して合理化し、スピードアップを図っていく。

そうすることでキャッシュフロー的にも有利になりますし、原価を安くすることにも繋がります。そこをターゲットにしている企業は多いですね。

サプライチェーンにおける日本固有の特徴としては「層が深い」ことが挙げられます。

例えば自動車産業では、サプライヤーさんが多層構造になっていて、部品によっては、10層以上ある部品もあります。製品は1部品が足りなくても完成しないので、このサプライチェーンの深さがボトルネックになり、生産が遅れるといったことは、大震災が起きた時などにクローズアップされた部分です。

しかし、その構造によって日本に多くの中小企業が育ってきたという背景もありますので、一長一短があるといえます。

製造業でのデータ活用に有力な「センサー」

――製造業におけるデータ活用とは具体的にどの様なことを指すのでしょうか?

竹内:インプット系データですと、生産の3要素と言われる「人」「モノ」「設備」に関わる情報があります。

例えば、「人」であれば、誰がどの作業ができるのか、作業の習熟度はどうか、あるいは出勤状況、働くモチベーション、製品の出来栄えとの結びつきなどもデータとなります。これらは配員を考えるときに重要となります。

「モノ」に関しては、「発注」「納品」「仕掛かり品」などの在庫の管理ポイントがあります。そこに歩留まり率や不良率、過去の不具合の事例、納期遅れを起こしたサプライヤーの情報などが紐づけられます。

「設備」については、稼働状態、故障頻度、故障内容、故障時の修理内容などがデータとして溜まります。

最終的なアウトプットとしての製品には、製品番号等はもちろん、製品のQCD(Quality、Cost、Delivery)に対する様々なデータがあります。それらを取捨選択しながら有効にデータを使っていくのが製造業におけるデータ活用です。

「IoT」が製造業のDXにおける1つのキーワードだと思います。簡単に、安価にセンサーを組み込めるようになり、温度や圧力、場合によっては画像などのデータを直接取れることも当たり前のようになっています。精度向上や合理化の観点で、センサー類は非常に有効ですし、今後より活用が進むと思っています。

日本の長所が失われないようなデータ活用のあり方が重要

――「DX・データ活用」に関して、どこに課題を感じている企業が多いのでしょうか。また、製造業でのデータ活用に関して懸念点があれば教えてください。

竹内:製造業のDXの重要性はいろいろなところで声が上がっていますし、経営課題として挙げない企業はないくらいです。ですが、実際に進めようとすると、なかなか進まない企業も少なくないと思います。

その理由としては、以下の2点が考えられます。
1点目は、具体施策への落とし込みがうまくできない企業が多いことです。

DXに取り組む際には、まずコンセプトや基本構想を作ります。例えば「品質を重点的に向上させる」「徹底的に在庫を抑え込む」などです。これらの大命題を業務課題レベルに落とし込み、これを改善するための業務やシステムの要件を整理していきます

その後、現状の業務内容やサプライチェーンの状況について調べ上げ、ITでどのようなサポートが必要なのか、そのためにシステムやネットワークをどう作っていくか、機器をどう活用していくか、など具体の取り組みに落ちていきます。

しかし、このコンセプトから具体の施策へのつながりがうまくいかない企業が多いですね。慣れてないというのもありますし、担当できる人材が育っていないケースも多いです。

2点目として、これは構造的な日本の問題だと言われていますが、レガシーなシステムが現在も使われていて、その保守と運用に工数が割かれているため、大きな枠組みで業務の改革を検討できる形になっていないことも課題です。

データ活用そのものは、必要であり重要な取り組みだと思いますが、人がいれば入力ミスもありますし、情報の精度面では、まだまだ課題はあります。

データが示していても、実際に現場でモノを見たら違っていることもある。そういうところを理解して活用していかないと、ミスにつながります。他業種でも同じだと思いますが、製造業は特にその可能性が高いのです。

データの正確性、信頼性という意味では、先ほど述べた「センサー」がより浸透していくことで製造業のデータ活用やDXに寄与すると思います。

データ活用への懸念を強いてあげるとすると、現地で現物を見て現実的に対応するという日本の製造業の強みとして受け継がれている「三現主義」が疎かになるリスクです。
データだけを見て判断できると考え、現場にも行かないし現物も見ないということが出てくると、困ってしまいます。

投資対効果が曖昧なものにも投資できるか

――具体的にICTの活用を進めた企業では、そのサプライチェーンに関わる人たちにどの様な変化が生まれていますか?

竹内:最初に目指すのが業務の合理化です。それが進んでいった先には省人化があります。少ない人数で同じ作業が可能になったことによって生産性向上がなされます。最終的には様々な場面で合理化・効率化の効果が表れてくると思います。

最近では、コロナをトリガーにして製造業でもリモートワークが広がりました。例えば現場で新人がカメラをつけて業務を行い、ベテランの人が家でその映像を見ながら指示をして設備の故障を直すといったことも現実に行われています。こういった業務の効率化が大きな変化です。

さらに定量的に見えにくいものであっても製造業の企業が力を入れるのは「安全面」です。安全の意識向上やスキルアップのため、従業員教育でVRやARを活用し、現場の映像を見ながらリスクのある箇所を学ぶといった事例も出ています。

――データ活用がうまく進んでいる企業と、なかなか進まない企業との違いはどこにありますか?

竹内:トップの理解と意思ですね。「DXは時間がかかる。簡単なものではない」と理解しておくこと。製造業の場合、投資対効果をすぐ出したくなるものですが、例えば「安全面が強化されたらいくら儲かるのか」「意思決定が早くなったらいくら儲かるのか」など、議論していても明確な答えは出ない金額的に曖昧な部分は常に存在します。

そういうことを含めて、DXのプロセスをしっかり理解し、腹を決める必要があります。DXはある意味、企業の体質変革です。脂肪の多い体から、筋肉質で機動力のある、ボクサーのような「勝てる体質」にする。

そのためには、一見無駄に見えることにもきちんと投資していくというスタンスを持たなければなりません。そして、少しずつ着実に進めていく。そこが一番ポイントだと思います。

スマート工場が製造業を変える

――これからの工場像として聞かれるようになった「スマート工場」とはなにか、竹内さんのご経験から改めて教えてください。

竹内:スマート工場は自律的な動きが取れる機能を持った工場という理解をしています。
例えば、センサーが取得したあらゆるデータからAIが必要なデータを取捨選択し、人がすぐ判断できたり、不具合が起きたときにすぐ対応できたりする。そうしたPDCAサイクルが繰り返されることで、工場自身の自律性がこれまで以上に飛躍的に増し、対応力は高まっていきます。

また、KPIが見える化されていることも重要です。経営トップが見るKPI、ミドル層が見るKPI、作業現場で使うKPI、それぞれがタイムリーに情報提供されて、様々な層でスピーディーに判断ができる。そうした進化による変化を感じる企業が増え、今スマート工場はどんどん広がっています。

著作者:macrovector / 出典:Freepik

――これからの製造業(スマート工場)では、データ収集、データ蓄積、データ解析、見える化は欠かせないものになると思います。そのような動きに対応していくため、製造業のサプライチェーンに携わる人が今持つべき視点は何でしょうか。

竹内:いろいろなデータを取る方法は確立されてきましたが、「ここはAIで処理する」「ここは人が判断する」といったパターン分けについては、まだ断定的に言えるものはなく、これから試行錯誤しながら決まっていくものだと思います。

そんな中でも、技術の進歩や新しいテクノロジーに関心を持つことは大切です。その中で、「これは業務に応用できるのではないか」「あの企業は面白いことをやっているな」といった気持ちを持ち続けて欲しいと思います。いずれチャンスが来た時に大きな業務改革につながるかもしれません。

中小企業のDXには、小さな成功体験が必要だ

――特に中小企業の方の中には、DX・データ活用の必要性は感じているけれど、今は自社では対応できないと考えている企業も多いように感じます。まずはここから着手すると良いなどアドバイスがありましたらお願いします。

竹内:中小企業が描くDXとは、グローバルなサプライチェーン改革、大きな経営改革をするというよりも、むしろそこにある日常的な業務の改善、例えば生産現場の品質管理、在庫納期の管理、経費の削減といった実務的な効果を得たいという声が大きいと思います。

漠然とDXやICT化と言うのではなかなか進まないので、パイロット的に実務的な改善にICTを適用し効果を具現化して、そこで小さな成功体験を重ねていくことが大切ですね。小さな成功体験を得ることで、また次への意欲も湧き、新たな発想につながっていきますから。

日常的な業務に追われているとじっくり考える時間がないので、オフサイトでDXの議論をしてみることもおすすめです。いろいろな視点を持っている人が集まって、トップから作業者までいろいろなレベルや部門の人がいっしょになって、サプライチェーンや業務の改善点や可能性について意見を出し合う。

環境や視点を変えれば、いくらでもアイデアは出てくると思います。また外部セミナーも1つの手だと思います。そこで新たな考え方やスタンスを得ることでも、DXの可能性は広がっていくのではないでしょうか。

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