Interview
02

地域は価値ある廃棄で溢れている。
地消地産コンポストシステムで
つくる
新しい循環モデル
——金澤バイオ

金澤晋二郎・金澤聡子(金澤バイオ研究所)

循環型社会の実現を目指す中、廃棄物の適切な処理とリサイクルは重要な役割をになっている。処理コストの高さや廃棄物輸送に伴う環境負荷、分別の複雑さ、そして廃棄物の地域性や個別性への対処の難しさなど、挙げればきりがない。これらの課題に対し、微生物を活用した土壌発酵による肥料づくりを通じて取り組んでいるのが、株式会社金澤バイオ研究所だ。立ち上げたのは、九州大学大学院の農学研究院にて、土壌微生物を専門に研究していた金澤晋二郎さん。同社は、オーガニック肥料「土の薬膳®」と「BIO SOIL」の開発・販売、および地域内の廃棄物循環モデル「地消地産コンポストシステム」により、廃棄物処理問題と地域の土壌の環境改善を同時に追求している。地域を超えた汎用的な仕組みをどのようにつくり、広げようとしているのか。また、食糧のインフラとも言える土壌を改善するために何が大切だと考えているのか。金澤晋二郎さん(以下:晋二郎さん)および、同社のプロジェクトマネジャーを務める娘の金澤聡子さん(以下:聡子さん)に伺った。

執筆佐々木まゆ
撮影鶴本正秀
金澤晋二郎

金澤晋二郎

金澤バイオ研究所 所長。東京大学、鹿児島大学を経て九州大学大学院(農学部)教授となる。専門は土壌微生物、土壌生化学など。退官後、同大学特命教授に。第13回国際土壌科学会(西ドイツ)土壌生物部門最優秀賞受賞。現在、サントリーの「天然水の森」の研究員。2015年に開催される国際学会「ICOBTE」理事長。

金澤聡子

金澤聡子

音楽雑誌の編集を経て、フリーランスに。九州大学で微生物の研究をしている父の研究室でアルバイトした経験から微生物の世界に興味を持つ。2007年に立ち上げた「金澤バイオ研究所」で企画を行ない、研究成果を実生活の「衣・食・住」に生かすものづくりを担当。2021年、前職の同僚やJAXAの研究員とともに土に還るウエアブランド「DOC」を立ち上げる。

すべては土から、すべては土へ。

「すべては土から、すべては土へ。」を掲げ、有機肥料開発、様々な企業との共同研究を手がける金澤バイオ。同社を立ち上げる以前から、晋二郎さんは専門である土壌微生物の分野の研究において、有機性廃棄物の資源化を早急に進めなければならないという課題感を持っていた。

金澤晋二郎日本は世界最大の食糧・飼料輸入国であり、そのため大量の生物系廃棄物が発生しています。高度経済成長期を通して、大量生産・大量廃棄をしてきた日本は循環型社会への転換をいち早く行うべきです。2021年に見た資料では、あと9年で食糧生産に適した土がなくなると書かれていました。そのためにも、廃棄物に含まれる栄養分を貴重な資源と捉え、オーガニック農業に必須な有機肥料として活用しなければなりません。

晋二郎さんは、大学に所属している間「水田・畑・森林土壌の微生物生態の解明」、「強酸性環境にある茶園土壌における微生物の特性解明」、「超高温・好気発酵法による未利用有機性廃棄物の資源化」などの研究を行ってきた。また、企業との共同研究としてサントリーと北杜市の森林における微生物の調査や清水建設と有機性廃棄物の資源化などに取り組んできた。

晋二郎さんが同社を立ち上げたきっかけは、在籍期間中に携わった学内でゴミを循環させる計画「九州大学研究拠点形成プロジェクト」だ。微生物や有機を混ぜて高温発酵させたクリーンなバイオ肥料「バイオハザートフリー肥料」をつくり市民に配ったところ、予想以上に受け入れてもらえたという。

金澤晋二郎どんな研究も誰かの役に立ってこそ意味があると実感したんです。土壌汚染による危機を常に感じていたこともあいまって、単なるものづくりだけでなく、持続可能なビジネスモデルを確立し、土を健康にすることに長期的かつ効果的に取り組めるよう、会社の立ち上げを決意しました。

文脈の工夫で、接点をつくる

金澤バイオが最初につくったのは、「食卓に置いても安心な、クリーンで高機能の有機肥料」をコンセプトにした「土の薬膳」だ。家庭菜園などに興味のない人にも知ってもらうため、他業界の展示会などにも出展していった。その一つが聡子さんが元々関わっていた編集業界だ。

金澤聡子父の手伝いをするまで編集者として働いていました。その時の繋がりで、アート関連の会社ガスアズインターフェイスが運営する展示会に出展したんです。その後も、異業種の土にもかかわらず、春夏・秋冬に行われるアパレルや雑貨中心の展示会JUMBLEに出展するようになりました。その他の企業からも一緒に展示会に出さないかとお声がけいただくように。アパレル業界の環境問題への関心も高まっていったことも追い風になりました。

「土の薬膳」の次に手がけたのが、九州産の天然素材を掛け合わせ、水だけで簡単にオーガニック栽培ができる土である「BIO SOIL」だ。この商品は、大手アパレルメーカーからの依頼がきっかけだったと聡子さん。

金澤聡子担当の方から、肥料のみの販売だと、どんな土に入れたらいいかわからないと困っているお客さんの声を共有いただいたんです。「土の薬膳」は主に都心部のマンションなどに住むお客様向けに販売をしていました。確かに、都心だとそもそも土に触れる機会がほとんどないため、土をどこで買ったらいいか、どんな土に混ぜるのがいいかわからない。であれば、買った後、種を植えればすぐ使える土そのものを売る方がより多くの人に手にとっていただけるのではと思ったんです。水だけでオーガニック栽培ができる、簡単仕様に設計しました。

土や肥料に興味のあるコミュニティに限定せず、他業界や土に馴染みのない方に対して、商品の伝え方や販売方法を変えることで、土の薬膳やBIO SOILは徐々に認知を獲得していった。

地域ごとの地産地消を目指す

土の薬膳やBIO SOILを展開する中で、自社の廃棄物を肥料に再利用できないかという依頼が、福岡のコーヒーショップ「マヌコーヒー」からあった。この声をきっかけに生まれた循環モデルが、2023年のグッドデザイン賞にてフォーカス・イシュー賞「新ビジネスデザイン」を受賞した「地消地産コンポストシステム」だ。

「地消地産コンポストシステム」とは、地域で消費・廃棄された有機物を原料とし、これを肥料化して、地域の土壌を再生させる地域内の循環モデルだ。企業や自治体からでた産業廃棄物や飲食店などからでた事業系ゴミを金澤バイオが肥料に転換し、需要のある事業者へ販売している。山の近い地域であれば竹、海が近ければ魚介のカスなど地域固有の廃棄物を数種類ほど組み合わせ、それを微生物の力で分解して、肥料をつくる。できた肥料を地域の土壌に混ぜ込み、残留農薬やダイオキシンなどの有害物質を軽減し、土壌を改良できる仕組みだ。

事例の一つに、同社が現在拠点としている千葉県香取市の取り組みが挙げられる。農園グランピングを展開する「THE FARM」と、ビール醸造と自家製チーズ製造をしている「伊能忠次郎商店」との協業プロジェクトが進行中だ。このプロジェクトのプロセスは、ビールを醸造する際に出るビール粕を金澤バイオが肥料に変え、その肥料でTHE FARMがホップを育てる。つくったホップを使用し伊能忠次郎商店でビールを醸造するという流れだ。

農園の併設されたグランピング施設を運営するTHE FARM。一年に4万人が収穫体験を行う。この農園の一部で金澤バイオの肥料が使われている。

金澤晋二郎地域内で廃棄物の循環が生まれることによって、廃棄費用の削減や各地域の土壌再生にもつながります。私の研究をベースにすれば、ほとんどの廃棄物を機能性の高い有機質肥料にできる。この技術を活かして地域ごとの地消地産モデルをつくりたいと考えています。

コンポスト自体は一般家庭でも行われているほど一般的に広がっているものだ。だが、金澤バイオのコンポストが異なるのは、そもそもの目的が完熟した肥料にすることで土壌の改善にあることだ。そのようなコンポストをつくれるのは、アカデミアのバックグラウンドがあるからに他ならない。

地消地産コンポストシステムをつくる上で、一番大事なのはパートナー選定だと聡子さんはいう。どれくらい儲かるかよりも、まずお互いの価値観が合うかどうかを大切にしているそうだ。

金澤聡子地域の特性や協業する団体の大小・ジャンルに関わらず、とりあえずお話を聞くようにしています。その上で、自分たちの課題感と重なったり、面白いと感じたりすれば、まずは小さく取り組みます。資金面について言えば、将来的には有機質肥料の販売による利益を見込んでいますが、最初はお互い手出しの自己資金投資で成り立っています。自分自身で価値があると確信する仕組みや製品でなければ本気で取り組めない。そして、本当に価値のあるものは、時間をかけて市場に浸透するものだと信じています。

システムの
フランチャイズ化

地消地産コンポストシステムを広げるため、土壌について興味を持ってもらったり、知識をつけてもらったりする消費者向けのイベントも開催している。例えば、衣食住のシーンで土がある暮らしを想起してもらうイベント「TSUCHIBA」では全国の保育園や百貨店を巡り、土の詰め放題「どじょうすくい」などを行い子どもが土に触れる機会をつくっている。

金澤聡子発信活動をしていると、興味のある人がどんどん仲間になってくれます。九州で活動していた時に、DWELLというオーガニックなライフスタイルを提案している会社が私たちの活動に興味を持ち、自主的にBIO SOILを使った木枠のプランターの販売を開始してくださいました。地消地産コンポストシステムを中心に地域の土壌に対する意識が変わりつつあるのを感じています。

現在は金澤バイオの二名を中心に仕組みの確立を進めているが、今後は工場のフランチャイズ化も視野に入れている。フランチャイズ化が可能な理由は二つある。一つ目は、これまでの研究成果を土台に一般の人でも質の高い有機質肥料をつくれるからだ。

金澤晋二郎過去にも私たち以外の方を雇って、肥料を作っていただいたことがあります。その経験上3、4回やればできるようになる。期間にして大体1年程度です。素人がそんなに簡単に習得できるのかと思われるかもしれませんが、肥料の質を誰でも判別できる方法が私たちにはあります。それは発芽インデックス法と呼んでいるもので、植物の種子から生える茎の長さを測定し、それによって堆肥の質を評価します。この技術は、愛知万博の際に「愛・地球賞ーGlobal 100 Eco-Tech Awards」も受賞しました。

発芽インデックス法の装置と、土壌の質を確認するカラーチャート

二つ目は金澤バイオの工場の設備にかかる費用の低さだ。廃棄物を堆肥化するためには、土を攪拌する必要があり、主に専用の機械を使うか、ショベルローダーなどの建設機械で混ぜるかの二択から選ぶ。金澤バイオの工場は後者のタイプで、一定のスペースに区切った空間に盛った土をショベルローダーでかき混ぜる。このタイプは発酵日数に1ヶ月から3ヶ月ほど時間がかかるが、場所と建設機械さえあればつくれる。また、建設機械以外に電力や石油資源を使用しないため、安価で環境負荷も低い。

金澤聡子今は父が堆肥のレシピづくりから、製造プロセスのチェックまで全て担っています。しかし、各地で地消地産コンポストシステムを広げるためには、最初のレシピづくりにフォーカスしてもらう必要があります。今、山梨や富山でも次の地消地産コンポストシステムの導入を計画していて、フランチャイズ化の実践をしようと考えています。

土壌の知の
アーカイブをつくる

今後、金澤バイオは全都道府県に地消地産コンポストシステムを導入することを目標としている。そのためには乗り越えなければならない壁がいくつもあると聡子さん。一つは産廃業者との関係性だ。

金澤聡子以前、とある大手企業とプロジェクトが始まりそうになった時、直前になってその企業が取引をしている産廃業者からやめてくれと言われて、プロジェクトが頓挫したことがあります。今後、取引する廃棄物の量が増えたときに産廃業者とどう折り合いをつけるか。私たちもまだ答えを持っているわけではないのですが、考えていく必要があります。

また、仕組みを展開する上では継続的に収益を上げるモデルも必要となる。パートナーを選ぶ段階では、価値観が一致することを大事にすると言っても、持続性がなければならない。

金澤聡子父が大学に在籍していた頃は、研究費をもらってその中である程度やりくりができていました。その後は自己資金を活用してきましたが、これから先はそうはいかなくなる。地消地産コンポストシステムのフランチャイズ化によるライセンス料の仕組みづくりや、大企業との研究開発の取り組みなども進め、複数の収入源を確立する道を探らなければならないと思っています。

こうした課題を乗り越えた先、金澤バイオが目指しているのは土壌づくりに関する知のアーカイブを増やしていき、誰もがその情報にアクセスして、利用できるようにすることだ。

金澤聡子父の膨大な研究に日々触れる中、アカデミアの知見をどうしたらもっと活用できるかを考えています。平成10年に発表された論文の内容が今になって注目されるケースもあります。父と一緒にクライアントと話していると、解決策がポンポン出てくるんです。今までは、父の研究と現場の課題を結びつけ、その解決策を持続的な仕組みに落とし込めていませんでした。誰もが父の知見にアクセスできるようになり、さまざまな規模で地消地産コンポストシステムが立ち上がって欲しいと思います。

金澤晋二郎最近、有機栽培やオーガニック野菜を扱うところが増えている。それ自体は土壌に対する意識が高まっていると捉えられるし、良いことだと思っています。しかし、土壌に対する正しい知見はまだ広まっていません。例えば、未熟な有機肥料はかえって病原菌や大腸菌、回虫が存在して、人の健康を害することにつながります。健康な土をもっと増やして、人にとっても植物にとっても良い未来をつくりたいですね。

金澤バイオ研究所
ステークホルダーマップ

インタビューから見えてきた
セミパブリックのポイント

  1. 未来に向けた環境づくり

    有機栽培を続けられるような「土」と農業基盤を作り、「土の薬膳」や「BIOSOIL」などの一般の方の手に届くような形でパッケージングしたり、土壌に興味を持ってもらうイベントを開催したりすることで、未来の土壌環境の改善に繋げている。

  2. 学の知見をビジネスにつなげる

    素人でも土壌の状態がわかるようなツールを開発し研究の内容を、理解しやすく翻訳し実践者と繋がったり、企業との共同研究を積極的に行ったりと、学の知見をビジネスにつなげている。

  3. 地域内の問題を、地域内で解決する

    九州ではお茶、千葉ではマッシュルームなど、地域内のリソースでコンポストを生産・消費する地消地産コンポストシステムをつくり、フランチャイズ化を通して、地域の課題を地域で解決できる仕組みをつくっている。

編集後記

仕組みと知見を共有する

土壌問題は、私たちの食生活や健康に影響を及ぼす問題である。中長期的に解決に取り組む必要があるにもかかわらず、短期での効果検証の難しさをはじめとした理由からビジネスの側面から持続的にアプローチし続けにくい。成果が出るまで一定の期間を要する課題は、セミパブリック領域における課題の特徴だ。

持続的にビジネスを継続することが難しいという課題に対して、土の薬膳は二つの方法により解決を目指している。

一つ目が、解決方法の地域フランチャイズ化だ。土の薬膳が提供する地域の廃棄物を堆肥化させ循環させる「地消地産コンポストシステム」は、各廃棄物に合わせた堆肥化の方法がわかれば、同社が間に入らなくとも機能させることができる。それによりフランチャイズ料でビジネスを成り立たせられる。その際に重要なのが最初に組むパートナーだ。課題感を共有できる人と始めることが、システムを持続させる根幹として大事である。

二つ目が、大企業の廃品処理的な分解を担うことによる、短期的な収益確保だ。「地消地産コンポストシステム」は中長期的な利益を生む可能性はあるが、短期的には収益が出にくいR&D的な事業だ。それを大企業との研究開発などで補っている。また、収益の土台とするだけでなく、自社の持つ技術の検証や知見を深めることにも役立っている。

独自の技術を中心に、短期と中長期それぞれの課題解決のアプローチをとる方法は、セミパブリックの課題に取り組み続ける上でのヒントの一つになると言えよう。

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NTTコミュニケーションズのデザインスタジオ「KOEL Design Studio」は、公共性とビジネスの両立が求められる「セミパブリック」領域での新しい社会インフラ実現のため、人間中心のデザインや社内のデザイナー育成、他社・行政との共創支援により、ヘルスケアや教育分野など、さまざまな領域における社会課題解決を推進している。

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パーパスドリブンなブランディング、新規事業創出、社会を動かすナラティブ策定などを通じて企業を創造的に変革する、日本のデザインコンサルティングファーム。「やさしさがめぐる経済をデザインする」をパーパスに掲げ、中央官庁から大企業、中小企業、スタートアップ、地方創生まで、デザインアプローチを用いて、複雑な課題の解決や価値の創造を共創する。

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