鉄道会社が挑む
ごみ管理
WOOMSは、小田急電鉄が地域課題の解決を目指して2021年9月に立ち上げた、資源・廃棄物管理の最適化を目指す新規事業だ。人口減少や環境問題が深刻化する中、資源・廃棄物の管理は多くの自治体で重要な課題となっている。WOOMSは、循環型経済を促進し、地域の持続可能性を支え、環境負荷の軽減を目的としている。
WOOMSは収集運搬事業者と自治体向けの収集管理サポートシステムWOOMS App & Portalと排出事業者向けサービスWOOMS Connectを展開している。
現在、WOOMS App & Portalは神奈川県座間市など複数の自治体に導入され、廃棄物収集車の運行ルートを最適化し、廃棄物の種類や排出量を可視化するなど、データに基づいた収集活動の効率化を実現している。
なぜ鉄道会社である小田急が「ごみ収集」という異領域でビジネスを展開しているのだろうか。正木さんは「最初からごみの課題を解決しようとか、循環型経済を推進しようとか考えて、WOOMSに行きついたわけではないのです」と、3年前のいきさつを説明してくれた。
「日本の縮図」としての
小田急沿線
小田急電鉄株式会社 デジタル事業創造部課長ウェイストマネジメント事業WOOMS統括リーダー 正木弾さん
正木小田急に限らず日本の私鉄には典型的なビジネスモデルがありました。まず、都心部のターミナル駅から郊外へ向けて線路を敷いて、沿線に宅地を開発していきます。そこに住宅やマンションを建てて分譲し、百貨店やスーパーを作って生活の基盤とします。駅からは住民の足としてバスやタクシーを走らせ商圏を広げ、ターミナル駅や主要駅近くにはホテルを建て、終点近くには観光地や娯楽施設をつくります。平日は都心部へ向けて通勤客を、休日は郊外へ向けて行楽客を運ぶ。鉄道単体で収益を考えるのではなく、沿線の開発整備とともに総合的にサービスを提供させていただくことで安定して収益が得られる仕組みです。
このビジネスモデルでは、沿線の人口が増えるほど経営は安定しますが、同時に通勤・通学時の混雑の解消など、人口が増加していくニーズに対する対応が必要不可欠となります。小田急は「構想から50年・着工から30年」をかけて複々線化・立体交差事業を進めてきました。ところが、事業がようやく完成を見た翌年に、日本がコロナ禍に見舞われました。日本が少子化や人口減に向かっていることは頭ではわかっていましたが、コロナ禍でガラガラに空いた車輛を見て、私たちはこれまでの人口増をベースとした安定成長路線が終焉に近づいていることを実感したのです。
正木さんの所属する経営戦略部は「鉄道・バス・タクシーといった運輸業」と「沿線を中心とした不動産業」に続く、第3の柱になり得るビジネスを模索することになった。まず目をつけたのが、小田急沿線だからこその特徴だ。
正木小田急沿線は他の私鉄にはない特徴があります。新宿のような都市部から下北沢のような文化街、新百合ヶ丘のような緑豊かなベッドタウンから湘南の海・箱根の山々まで、「日本の縮図」と言ったら大袈裟かもしれませんが、とにかくバラエティに富んだ地域で構成されています。それぞれの地域にはそれぞれの課題がある。その課題を解決することが、日本全国の似たような地域の課題を解決することにもつながるのではないか、と考えました。
さまざま地域課題を検討した中で着目したのが、ごみ問題だった。街から排出されるごみには、大別して「事業ごみ」と「家庭ごみ」がある。正木さんがまず取り組もうと考えたのは「家庭ごみ」の課題だ。
事業ごみは事業者が経営課題として取り組む。一方、家庭ごみは自治体が自ら、もしくは民間の収集事業者に委託し収集している。限られた予算、慢性的に不足する人材、現場作業員の高齢化、増え続けるごみ、ひっ迫する焼却施設のキャパシティ、迫られる環境問題への取り組み。 沿線自治体の課題を聞いて回る中で、家庭ごみを処理する自治体と現場が抱える問題の深刻さを目の当たりにした。加えて、小田急電鉄は沿線で多くのごみを出している当事者でもあった。ごみ問題をDXで解決しようとしている自治体の数が多くない中、正木さんはこれこそ自分たちが取り組むべき課題だと感じた。
正木経営陣からは「それは自治体がやるべき仕事じゃないのか」「なぜ自治体がやってもいないことを小田急が率先してやらなければならないのか」「事業として成立するのか」と問われました。私は小田急沿線が日本社会の縮図であり将来事業として成り立つ可能性だけでなく、小田急の歴史を紐解きながら自社が取り組むべき意義を説明しました。
そもそも小田急の前身は、明治時代の産業革命で電力不足という課題を解決するために設立された「鬼怒川水力電気株式会社」です。のちの小田急である小田原急行株式会社も、東京の過密という課題を解決するために、莫大な投資をして土地を取得し線路を敷いて、沿線を開発してきました。社会課題を解決することこそ、小田急のビジネスの原点であると伝え続けました。
きっかけは、
ピカピカのごみ収集車
経営陣と対話する一方で、正木さんたちは沿線の自治体を回り、ごみ収集の現場を見つづけた。
役所の担当者はだいたい3年程度で異動になる。同じ人が腰を据えてごみ問題に取り組むことが難しい構造があった。
だが、現場は異なる。どこの現場も限られた人員、限られた時間内で家庭ごみを集めていた。「決められた日に決められた場所に出しておけば、収集車が持って行ってくれるのがあたりまえ」という常識ゆえに、やり遂げたことを褒められることは滅多にない。それでも使命感を背負って、日々黙々と頑張っている人たち。正木さんにはそんな収集員の仕事ぶりが、鉄道の保守点検員のそれに重なって見えたという。
ごみ問題を解決するなら現場の方と協力することが欠かせない。そう考えていたときに出会ったのが座間市ごみ収集の現場メンバーだった。
正木座間市は、あきらかに他の地域とは違う「熱」を感じました。作業を終えてピカピカに洗車された収集車や、ごみの分別方法を説明するパネルや啓蒙資料が所せましと並べられていました。我々の挑戦にご協力いただけるのは、この現場しかないと思いました。
正木さんの応対をしたのが、座間クリーンセンターの運転手兼環境整備員総班長の後藤裕一さんだ。後藤さんは現場のドライバーたちを取り仕切るリーダーで、中堅の班長だった頃からごみ収集の課題解決にさまざまな理想とアイデアを持って仕事をしてきた。
13年前、後藤さんは隣接する相模原市に最新のごみ処理車である「ハイブリッド収集車」を見学に行った。当時、座間のクリーンセンターではごみ収集を終えたドライバーたちが、退勤時間までを手持ちぶさたに過ごしており、どんよりとした空気が漂っていた。その解決手段を探していた中でのことだった。
相模原では、ドライバーたちが市内の幼稚園や小学校を訪問して啓発活動をするのに独自のヒーロー戦隊のキャラクターをつくり、パネルや展示物を手作りしていて、活気があった。後藤さんを案内した若いドライバーが、自分たちの活動を熱く語るのを見て、「これだ!」と思ったという。
写真左:座間市 くらし安全部 クリーンセンター 運転手兼環境整備員総班長 後藤裕一さん、写真右:太田利明さん
後藤ごみの収集作業は昼過ぎには終わります。午後も洗車をしたり帳票をつけたりやることはあるのですが、正直あまり身が入る仕事ではなく、士気が落ちているのが気になっていました。「相模原の取り組みを見習って、ウチでもこれをやってみよう」と若手に声を掛け、試行錯誤を始めました。
後藤さんから言われて、啓発グッズの製作を担当したのはドライバー兼啓発担当の太田利明さんだ。太田さんは絵心があって、3R(リユース・リデュース・リサイクル)の仕組みをパネルや、子ども向けの紙芝居、分別釣りゲームなどを次々製作していった。
太田新規導入の収集車に座間市のキャラクター「ざまりん」のペイントが施されるようになってから、街中を走っていても注目度が上がりました。市内の幼稚園や小学校を訪問して、ごみの分別やリサイクルについて教えて回ると、子どもたちは興味津々に話を聞き、収集車をキラキラとした目で見つめてきます。町で見かけると手を振ってくれたり、親御さんから感謝の言葉をかけられたりもしました。嬉しいものです。
後藤取り組みを始めて、メンバーのモチベーションは目に見えて上がりました。汚れや臭いのある車で子どもたちに会いたくありません。みんな午後には収集車をピカピカに洗車し、子どもたちがもっと興味をもってくれるよう、紙芝居やゲームなど啓発グッズの製作にも熱が入りました。一方で、正木さんがここにやってきたのは、そうした活動が定着し「次は、どんな取り組みをしようか」と悩んでいた時期だったのです。
現場中心でサービスをつくる
正木さんが提案したのは、収集車を効率運用するためのシステムの導入だった。家庭ごみはルートを回ってみなければ、どこにどれくらいのごみが出されているかわからない。運行する収集車は紙に集積所を記した地図に記載された基本的なルートを回るものの、ごみの排出量に応じてルートを変更・調整するのは、班長の経験と勘に頼る部分が大きい。それぞれの車の現在地の把握や、応援の必要性に関する連絡は、携帯電話で行っていた。
とはいえ、その時点で売り込める製品が完成していたわけではない。正木さんは当初から「売り込み」ではなく「共に課題を解決する」姿勢で現場に入り込み、現場に寄り添うサービスを模索した。手元にあったのは、アメリカで活用が進むシステムではあったが、収集方法の異なる日本で活用するにはまだ試作版のようなシステムだった。総班長だけではなく、ドライバーもリアルタイムに収集車の積載量や位置を把握し、リアルタイムな情報を活用し適切なエリアに応援が可能となる設計だった。
試用とフィードバックを依頼されたドライバー兼システム担当班長の小松田裕さんは、初期システムを次のように振り返る。
座間市 くらし安全部 クリーンセンター 配車 システム担当班長 小松田 裕さん
小松田収集車にカメラを取りつけ、私は今の専用端末ではなくiPhoneを持って、ルート上のどこでどんなごみを収集しているかを把握していきました。当時のソフトウェアは英語で、翻訳しないと表示項目もわかりませんでした。収集中に車両をバックすると地図上の現在地が大きくズレることもありました。それでも一緒に取り組み続けていたのは、正木さんからサービスを売りつけたいわけではなく、本気でごみ問題を解決し循環型社会を実現したいんだという気持ちが伝わってきていたからです。
後藤さん、太田さん、小松田さんら、変革に前向きな人たちを巻き込みながら、実際に現場で使ってもらい、正木さんに「ここが使いにくい」「こんな機能があったらいい」という指摘や要望を伝える。正木さんはそれを開発チームに伝えて、反映させる。そうした繰り返しを積み重ねて製品は磨かれていき、「WOOMS App & Portal」は実運用で活用できるサービスへと変わっていった。
管理ではなく、
後押しのためのシステム
現場のメンバーがWOOMSを通じて実現した事例の一つが、燃えるごみに出ていた「葉・枝・草」(以下、剪定枝)を燃えるごみから分別し、バイオマス燃料として活用する「地域のサーキュラーエコノミー」づくりだ。座間市では集積所で職員が燃えるごみから剪定枝の袋を分け回収し、一つずつの袋を開けて混入しているごみがないか確認したうえで、専用工場に運び、発電燃料用チップに加工している。
後藤燃えるごみの量は時期によって大きく変動します。一般的には晩秋から徐々に増え、3月を過ぎると急に減る。経験上はみんな知っていたけれど、不思議となぜかは考えたことがなかったんですね。でも、あるときふと「草ばっかだな…」って気づいたんです。剪定された枝や落ちた枯葉、それに刈られた草が、袋にぎっしりと詰まっている。燃えるごみだから生ごみなんかも一緒に入っているけれど、剪定枝だけを別に収集したら、家庭ごみの量はどれくらい減らせるだろう?と思って。
それまでも座間市では、剪定枝は別に収集してリサイクルしていたが、事前申し込み制だったのでほとんどが燃えるごみに出されていた。そこで、燃えるごみの日に同じ場所に、剪定枝だけ別にまとめて出してもらうよう、分別のルールを変更した。WOOMS App & Portalには「剪定枝あり」の項目を作った。
燃えるごみの収集車が先にルートを走り、剪定枝・葉が出されていたらWOOMS App & Portal上でマークをつける。その情報は集約されて自動的にルートがリアルタイムで作成される。WOOMS App&Portalの活用によって創出された余力で生み出された収集車が後ろから剪定枝・葉のある集積所だけをたどって効率よく収集していくようにしたのだ。施策は年々市民に浸透し、2020年度に218tだった剪定枝の分別収集量は、2023年度には951tまでになった。
剪定枝を収集するかどうかは、総班長の後藤さん小松田さんや太田さんらの現場ドライバーが判断を担っている。「必ず分別収集してバイオマス発電に使う」というルールにしてしまうと、少ない時期にも剪定枝・葉を集めるために収集車を出動させ、マンパワーも使うことになる。また、ドライバーが自分なりに考えて働く機会を損なう可能性もある。
正木現場の効率化のためのツールは、管理者のためのツールになりがちです。しかし、現場の課題を知っているのはごみ収集でいえば、作業員の方々です。まず、彼らが使いたいと思うツールにしなければならない。管理ではなく、作業員の工夫や改善を後押しするためのツールにすることを今も大事にしています。
こうした取り組みにより、座間市のごみ収集は2020年度から2023年度の間で、収集車両の平均積載は約100kg増、運搬回数は約2,000回減、焼却処理量は約3,000t削減など、効率化と焼却量削減を実現した。
線を越えて広げる、
信頼のインフラ
2024年8月1日、宮城県仙台市がWOOMS App & Portalを用いた廃棄物収集の効率化に係る実証事業をスタートさせた。
これまで鉄道会社は自社の沿線でビジネスを展開するのが常道だったが、デジタル事業であればもう線路の縛りは必要ない。小田急は「日本の縮図」のような沿線地域でさまざまな課題解決の種を撒き、そこで得た果実を日本全国の同じ課題を抱える自治体に横展開することができる。仙台市の実証事業は、その先行事例になる予定だ。
正木小田急沿線を支えるビジネスは「線のビジネス」でしたが、恩恵を受けられるのは沿線地域だけでした。沿線外でも課題を共有し、デジタルを活用することで沿線外を含めた地域価値の創造に寄与できるのではないかと考えています。多くの自治体と協働し、共通課題を解決するための知見と仕組みを全国に広めていきたいと思っています。
また、ユニ・チャーム株式会社と共同で、東京都の「使用済み紙おむつのリサイクル推進に向けた実証実験」に取り組んだこともある。約2万5000世帯が生活する東京都町田市の特定地区を対象に、使用済み紙おむつをWOOMSが分別収集、ユニ・チャームのリサイクル施設に運んで再資源化するという試みも行っている。
正木さんらは次なる戦略として「事業ごみ」の課題解決に乗り出している。たとえば2023年5月にスタートした「WOOMS Connect」はその1つだ。
正木事業ごみの課題は、収集運搬の最適化に向けて収集事業者同士の協力関係が築きにくいことです。ごみを排出する事業者はそれぞれに、地域で認可を受けた収集事業者を探し個別に契約していますが、収集事業者にはそれぞれに「処理やリサイクルが得意な品目のごみ」と「扱い量が少なく持て余す不得意な品目のごみ」があります。得意なごみは効率的に割安で環境的にも配慮した処理をしてもらえる一方、不得意なごみは、引き受けてはいただけるものの、環境的な配慮も難しく割高な価格設定になってしまいます。
それなら種類ごとに得意な事業者と契約すればいいじゃないかと思われるかもしれません。しかし、ごみを排出する事業者は、ただでさえ、地域それぞれの収集事業者と個別に契約を結ばなければならないうえ、種類も分けて契約するとなると廃棄物の担当者の契約・発注・支払いのほか、廃棄物の適正な処理に関する管理など、手間は膨大になります。ゆえに「もろもろひっくるめて全部持っていって」とならざるをえないのです。
たとえば、駅前にA社とB社のコンビニ2店があるとする。同じ業態なので排出されるごみの種類は2店とも似通っているが、ごみを取りにくるのはそれぞれ別の収集事業者だ。それぞれの収集事業者が得手不得手を踏まえ協力してごみを集めれば理想だが、個別契約なのでそうはならない。しかもA社とB社は沿線の各地域で、その地域の収集事業者と契約を結んでいるのだ。WOOMS Connectは、こうした非効率と煩雑さを地域毎に整理するサービスだ。
正木WOOMS Connectは、ごみを排出する事業者の廃棄物の事務業務を代行するサービスです。排出事業者は、契約する収集事業者が増えたとしても事務業務が煩雑になることはないため、収集事業者に得意なごみを持っていってもらうことが可能になります。それぞれの収集事業者が得意なごみを集めることで、リサイクル率は上がりコストは下がるのです。
グループ会社におけるトライアルでは、処理コストを31%削減させることに成功したほか、食品リサイクル法の目標「2024年度までに食品リサイクル率50%」を早期達成するなど、コンサルティングと改善の提案を含めさまざまな成果を上げています。
中立性こそ、持続の鍵
事業者向けに展開する上で、正木さんが最も重視しているのは、「中立性」だ。どの事業者がどんなごみをどれだけの量を出しているかは、収集最適化に向けて必要不可欠な情報でもある。この情報を活用し直接的にビジネスに活用することも可能だが、WOOMSでは絶対にインフラとなりうる上で信頼を損なうビジネスには手をつけないことにしている。ごみを排出する事業者、ごみを収集する事業者からの信頼、すなわち中立性こそが、収集最適化に向けたインフラの要件だと考えている。
正木これは鉄道事業の精神にも通じる部分です。沿線住民の中には「小田急だけが移動手段」と頼りにしてくださっている方々が大勢います。鉄道事業を中心に当社グループのみの売り上げ、利益を増加させるさまざまな施策があるかもしれませんが、地域を無視して沿線の価値を損なうことは絶対にやってはならない。沿線住民の暮らしを支え、沿線住民に信用・信頼されることこそが、地域のインフラ事業者の必要条件であり、グループ全体が永続的にビジネスを続けられることを、私たちは知っているからです。
事業も社会に欠かせないインフラとして関わる人々に受け入れられ、サービスを磨き続けることで浸透し、長い時間をかけて広がり、当社の発展に寄与できるものにしたいと思っています。
従来の「線」でつながってきた地域から「面」へと広がるビジョンを掲げ、日本全国の社会課題の解決に取り組む小田急。創業時から変わらない、「ゆたかなくらし」を実現するサービスとして、WOOMSもまた新たなインフラとなっていくだろう。