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非IT企業のDXは小さく始める〜栃木SCの導入事例〜

  • 江藤 美帆氏株式会社栃木サッカークラブ(Jリーグ「栃木SC」)
    取締役マーケティング戦略部長

前回の寄稿では、「地方DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進の鍵は“意外な企業”が握っているかもしれない」というタイトルで、地方のDXを推進するうえで、多くの地元企業と繋がりのあるプロスポーツチームがベンチャー企業とのハブになったら面白いのではないか、という話をしました。

今回は、実際に地方の中小企業(非IT産業)におけるDXを推進するには、具体的に何から手を付けたら良いのか、どのような手順を踏んだら良いのか、といった点についてお話します。

  1. 01置き去りにされている中小企業のDX
  2. 02栃木SCのDXはGmailとGoogleカレンダーから始まった
  3. 03SaaS入門に「Google Workspace」が最適な理由
  4. 04予算がない企業はまずは無料トライアルを活用する
  5. 05非IT企業のDXは段階を踏むことが重要

置き去りにされている中小企業のDX

この寄稿をするにあたり、実際に地方DXがどのような形で行われているのかを知るため、「地方DX」というキーワードで事例を探してみた。

しかし、出てくるのは地方自治体や地銀(地方銀行)などの大企業の話で、中小企業の事例はほとんど出てこなかった。

地方自治体や大企業の過去事例を見ると「独自のアプリを作りました」とか「○億円かけてシステムを開発しました」というものが多く、一般の中小企業にはあまり参考にならないものが多い。

しかし、地方の経済を支えているのは間違いなく全企業の99.7%を占める中小企業である。この中小企業のDX推進無くして、日本の本当の意味でのDXは達成しない。

DXにおいて重要なのは、トップラインではなく、ボトムラインを引き上げることだと考えている。全員が揃ってデジタルインフラを使いこなせるようになって初めて「便利な世の中」になる。

格差があるうちはボトムラインに合わせてサービスを設計せねばならず、必ずここがDX推進のネックになるからだ。

そういった意味でも、地方創生の文脈でも、地方の中小企業のDXがスムーズに達成されることは急務であると考えている。

今回はそんな「地方の中小企業」の1つである、私が所属する栃木サッカークラブ(栃木SC)の事例を共有させていただきたい。

栃木サッカークラブ社屋

栃木SCのDXはGmailとGoogleカレンダーから始まった

前回も冒頭でお話したように、3年前の栃木SCは予定をホワイトボードで共有し、メールもWindowsに標準で付属するOutlookを使用していた。

SaaSらしいサービスは全くと言っていいほど利用しておらず、ほとんどの資料がローカルのサーバーで管理されていた。

しかもそれはまだ良いほうで、スクールの申込などの外部からの情報伝達にはFAXがバリバリ現役で使われており、ほとんどの顧客情報は紙のままだった。

この状況を見て、いろいろとやりたいことは思いついた。しかし、いきなり東京のIT企業から来た人間が「顧客管理にSaaSを導入しましょう!」と言っても、いきなり過ぎて受け入れられないだろうし、実際のところそんな予算組みもされていない。

また、IT企業と違って皆がデジタルツールを得意としているわけでもない。社内でこういった新しいデジタルツールを導入する際は、それを利用する人たちに「難しそう」とか「覚えることが増えそう」と思われないかがとても重要である。

実際に、一発目に使いこなせないようなツールを導入すると、それがトラウマになって「デジタルツールアレルギー」ができてしまう。それは避けなければならないと思った。

そんなわけで、栃木SCではDXの第一歩としてGmailとGoogleカレンダーを導入することにした。この2つを選んだ理由は、多くの社員がプライベートで使ったことがあるサービスだったからだ。これであれば「難しそう」と思われる心配はないだろうと考えた。また、社内で完結するシステムであることも重要なポイントであった。地方DXにおいては、対顧客が絡むと、顧客側のデジタル・リテラシーの問題で思うように進まなくなるケースが多々あるからだ。

実際、この2つのサービスの導入はとてもスムーズだった。

設定もこちら側で一括で行えるため、個人がやることはGoogleに会社のメールアドレスとパスワードでログインするだけ。とくに「わからない」「使いづらい」といった声は聞かれなかった。

SaaS入門に「Google Workspace」が最適な理由

GmailとGoogleカレンダーに慣れると、なんとなく体感で「クラウドの便利さ」がわかるようになる。ここで慣らし運転を終えた後、今度はドキュメントの共有を試してもらうことにした。

企業がGmailやGoogleカレンダーを利用するには「Google Workspace」というサービスに加入しなければならないが、このサービスにはメールやカレンダー以外にいろいろな機能が付随している。その中でも便利なのが「スプレッドシート」「ドキュメント」「スライド」といった文書作成ツールだ。

これらのツールはExcelやWord、PowerPointと同じような文書が作れるうえ、クラウドで文書を保管し、共有もできるので非常に業務の生産性が高くなる。Gmailを入れると自動でこの機能も付帯するので、新たな契約を締結しなくても使えるところが最大のメリットだ。

まったくクラウドサービスを利用していない中小企業に「何から手を付けたら良いですか?」と尋ねられたら、私は現段階ではこの「Google Workspace」の導入をお勧めしている。

先ほども述べたように、個人でもGoogleのサービスを利用している人が多く操作に慣れている人が多いことと、1人あたり月額680円(※Business Starterプランの場合、税込価格。2021年3月掲載時点)でメール、カレンダー、文書作成ツール、ビジネスチャット、ビデオ会議ツール、ファイルの保存と、小さな会社のDXに必要なサービスがオールインワンになっているからだ。

個々でいえばもっと多機能で便利なサービスもあるが、中小企業の多くはDXに多額の予算は割けないところが多い。限られた予算でスタートするならば、まずはこのようなグローバル企業が展開している多機能なパッケージを利用するのが良いように思う。

中小企業の業務改善に役立つ13種類のツールが使えるGoogle Workspace(GoogleおよびGoogle WorkspaceはGoogle LLCの商標です。)

予算がない企業はまずは無料トライアルを活用する

ところで、現在栃木SCでは社内のコミュニケーションにGoogle Workspaceに含まれる「Hangout Chat」を利用しているが、最初にGmailを使い始めた頃はまだこのツールがリリースされていなかった。

しかし、どうしてもビジネスチャットを導入したかった私は、試しにまず自分の管轄する部署で「Slack」を導入してみた。

Slackの良いところは、一定の機能を期間無制限で利用できるところである。まずは部署内でテスト導入して、うまく機能しそうだと判断した段階で全社に導入をした。

導入した最初の頃は、Slackがまだ英語版しかなかったこともあり「これはどういう意味ですか?」「ここに重要な情報を送っても大丈夫ですか?」といった戸惑いの声も聞こえたが、「習うより慣れろ」とは良く言ったもので、1カ月もしないうちに皆スムーズに使いこなすようになった。

そうこうしているうちに、Slackの過去ログが容量いっぱいになり「ファイルを消すか有料版に切り替えるかしてください」というアラートが出るようになった。

最初のうちはチマチマとファイルを消していたが、皆が使いこなすほどにこのアラートが頻繁に出るようになり、ついには予算を組んで正式に有料版を導入することになった(のちにHangout Chatがリリースされこちらに移行した)。

このように、DXの予算組みがされていない組織でSaaSを導入するには、まずは「無料のお試し」で全社あるいは一部の部署に導入をし、便利さを実感してもらうのが良いのではないかと思う。

なかなか口頭や資料では伝わらないことも、実際にSaaSを活用して業務を推進してもらえば、そのうちそちらのほうに慣れていく。現場から「このツールなしでは業務が回らない」「なかった時代には戻れない」という声が聞かれれば、上層部もNoとは言えないだろう。

非IT企業のDXは段階を踏むことが重要

ところで、Gmailから始まった栃木SCのDXは、コロナ禍によりさらに加速し、選手の契約回り、社内稟議、経費精算、その他諸々の手続きもすべてSaaSで行われている。

これらのシステムの導入はもはや私が言い出しっぺではなく、社長や管理部長主導で行われるようになった。おそらく、皆がDXによる生産性の向上を体感しており、そこに投資することが自然な成り行きになってきたことが大きい。

ちなみに現在は、SaaSの活用にも限界を感じてきており、一部の対外的な業務で利用するシステム(たとえばファンクラブやシーズンシートの販売など)はパートナー企業と一緒に自社に最適化したシステムを開発しようと考えている。3年前にはホワイトボードで予定共有していたことを考えると、驚くべき進歩を遂げていると思う。

地方の中小企業のDXにおいては3つの障壁があり、1つは経営側が導入したいと考えていても現場が渋るケース、2つめはまったく逆で、現場側が導入したいと考えているのに上層部が予算組みをしてくれないケース、3つめは社内では合意形成が取れていても顧客側の都合でそれが実現しないケースである。

どの場合も、いきなり大掛かりなことから始めようとすると頓挫することが多いので、「やっているかどうかもわからない」くらい小さなこと(かつ、できれば無料で試せること)から始めるのが良いのではないかと思う。

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