感情労働とは?
従業員のストレスやメンタルヘルスケアに向き合う対策とは
近年、感情をコントロールすることが求められる業務である「感情労働」が注目されています。「肉体労働」や「頭脳労働」とは異なる、第三の労働カテゴリとして認識されつつあります。感情労働はメンタルヘルスの問題が発生しやすい業務であり、企業は従業員のメンタルヘルスケアに対する取り組みが求められています。
第三の労働カテゴリ、感情労働とは何か
「楽しさ」や「うれしさ」といった感情を表に出すことを求められる、あるいは「怒り」や「悲しさ」といった感情を抑制する必要があるなど、適切または不適切な感情が定められている業務を「感情労働(emotional labor)」と呼ぶ。身体を使って報酬を得る肉体労働、頭脳を使って報酬を得る頭脳労働に対して、感情労働の従事者は感情を抑えることで報酬を得る。感情労働は特に顧客とのコミュニケーションにおいて大きな役割を担うものであるが、精神と感情の協調が求められるため、精神的な負担や重圧は極めて大きい。
この感情労働という言葉を提唱したのは、米国の社会学者であるアーリー・ラッセル・ホックシールド氏である。同氏は感情労働を必要とする職業の特徴として、「顧客との対人的接触があり、労働者が顧客などに感情変化を引き起こし、そして労働者の感情管理活動を雇用主が監視すること」を挙げている。
感情労働に分類される業務として挙げられるのが、苦情処理だ。購入した商品やサービスに何らかの問題が発生した場合、顧客によっては提供もとに対してクレームを伝え、交換や返金を求める。この際、クレーム対応を担う従業員の対応が不適切であればさらなるクレームに発展し、大きな問題となりかねない。そのため苦情処理を担当する従業員は、顧客からクレームを受けた際には相手に誠意が伝わるように丁寧な言葉遣いで会話し、相手の話をしっかり傾聴し、場合によっては謝罪の言葉を述べるなど、自身の感情をコントロールする必要があり、まさに感情労働であると言える。クレーマーに対するクレーム対応などは、さらなる感情抑制が求められるだろう。
旅客機の客室乗務員も感情労働の典型例として挙げられることが多い。旅客機を利用する顧客に対してさまざまなサービスを提供する際、利用者に好印象を与えるために笑顔をキープすることが求められるうえ、利用者からのクレームがあれば自身の感情を抑圧して適切に対応する必要がある。
このように、感情のコントロールが求められる感情労働に属する職種は決して少なくない。看護師やケアワーカー、飲食業や宿泊業のスタッフ、小売業の店員、金融機関の窓口、あるいは、窓口担当職であるコンタクトセンターのオペレーターなども感情労働の従事者と言えるだろう。
感情労働と燃え尽き症候群
この感情労働で生じるストレスは大きく、メンタルヘルスの不調が生じたり、場合によっては「燃え尽き症候群」や「バーンアウト」と呼ばれる状態に陥ったりすることもある。
燃え尽き症候群とは、仕事に対するやる気やモチベーションを突然失ってしまう状態を指す。顧客とのコミュニケーションなどにおいて誠実に対応し続けるには、相応のエネルギーを費やすことになる。たとえば強い怒りの感情を持つ顧客に対し、相手の話を聞きつつ謝罪の言葉を述べ、相手を落ち着かせなければならないといった場面を想像すれば、こうしたコミュニケーションに多くのエネルギーを消費することが理解できるだろう。
ときには、相手の怒りに対して反射的に反応しそうになっても、アンガーマネジメントを行って自分を律することが求められる。こうした情緒的なエネルギーが消耗した状態を情緒的消耗感と呼び、強く疲労を感じることになる。特に感情を制御することを求められる感情労働では、この情緒的消耗感は大きな問題となる。
相手に対しての対応が冷淡になる、脱人格化と呼ばれる行動傾向が現れるケースもある。これは情緒的なエネルギーの消耗を防ぐために、相手に対して思いやりのない事務的な対応をしたり、コミュニケーションを拒絶(無視)したりする、といったものである。相手の立場を理解し、思いやりを持ってコミュニケーションするといった対応は、情緒的エネルギーの消耗が大きい。そこでエネルギーを守るための防衛反応として、対応が事務的になったり冷淡になったりするわけだ。この脱人格化の症状が現れれば、感情労働を継続することは難しくなるだろう。
こうした状態に陥ることで個人的達成感が低下し、それが離職につながることも十分に考えられる。感情労働において情緒的消耗感が強く表れたり、脱人格化が生じたりすれば、必然的に業務の質が低下してしまうことになる。それによって達成感が低下し、自分自身の否定や離職につながってしまう。
感情労働における燃え尽き症候群やバーンアウトは、特に看護職や介護職といった職種で問題視されている。また、過剰サービス労働が多いといわれるコンタクトセンターやコールセンター、カスタマーセンターのオペレーター職などの感情労働においても、燃え尽き症候群が起きることは十分に考えられる。
仕事とプライベートをしっかり切りわける、何かあったときに誰かに相談するなど、感情労働では個人としてのストレス解消を図る対策が重要なことはもちろんだが、企業としても従業員のメンタルヘルスの不調を未然に防止するための取り組みを進めていくべきだろう。たとえば気軽に相談できるカウンセラーを配置するなど、従業員が心身ともに健康でいられるような労働環境の改善が求められている。
企業に求められるメンタルヘルスケア
こうしたメンタルヘルス面での従業員の健康を守るため、2015年12月に労働安全衛生法にもとづくストレスチェック制度が施行されている。
このストレスチェック制度は、労働者のメンタルヘルス不調の未然防止が主な目的である。仕事による強いストレスが原因で精神疾患を発病し、労災認定される労働者は増加傾向にあることから、心理的な負担の程度を把握するための検査と、その結果にもとづく面接指導の実施などを行うことが求められている。
ストレスチェック制度を実施する義務があるのは、常時50人以上の労働者が働く事業場である。なお労働者には、パートタイム労働者や派遣先の派遣労働者も含まれる。
労働者が50人未満の事業場については、ストレスチェック制度は努力義務とされているが、地域ごとに設置されている産業保健総合支援センターの窓口(地域産業保健センター)に実施を依頼することができるので、小規模事業者であってもストレスチェックの実施を検討したい。
なおストレスチェック制度の指針によれば、メンタルヘルスケアは労働者自身のストレスへの気づきや対処の支援、職場環境の改善を通じてメンタルヘルス不調になることを未然に防止する「一次予防」、メンタルヘルス不調を早期に発見して適切な対応を行う「二次予防」、そしてメンタルヘルス不調となった労働者の職場復帰を支援する「三次予防」に分けられ、ストレスチェック制度は一次予防を担うものだとしている。
ストレスチェック制度の流れは、まず事業者による方針の表明や衛生委員会での調査審議があり、ここで実施体制や実施方法を検討する。その後、労働者に対して説明および情報提供を行い、医師や保健師などによるストレスチェックが行われる。その結果は医師や保健師などから労働者に直接通知するが、その際に高ストレス者として選定され、面接指導を受ける必要があると医師や保健師が認めた労働者から申し出があった場合は、メンタルケアのための面接指導を行っていくことになる。
さらにストレスチェック制度には、集団ごとの集計と分析が努力義務として盛り込まれている。これは一定規模の集団ごとにストレスチェック結果を分析し、その結果から必要に応じて適切な措置を講じることを求めるものである。たとえば感情労働が求められる特定の部署で高ストレス者が多いという結果であれば、その部署に何らかの課題があると判断し、問題を突き止めて改善していくという流れになる。
なお厚生労働省では、労働安全衛生調査において各事業所におけるメンタルヘルス対策に関する調査を行っている。その調査にある「メンタルヘルス対策への取り組み状況」を見ると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所は全体の61.4%に留まる。ただし規模が50人以上の事業所に限ると、92.8%でメンタルヘルス対策が行われており、その重要性が多くの企業に認識されていることがわかる。
具体的な取り組み内容を見ていくと、「労働者のストレスの状況などについて調査票を用いて調査(ストレスチェック)」が62.7%でもっとも高く、次いで「職場管理等の評価および改善(ストレスチェック後の集団(部、課など)ごとの分析を含む)」が55.5%となっていた。一方で実施していると答えた企業の割合が低かった回答で気になるものとしては「職場復帰における支援(職場復帰支援プログラムの策定を含む)」(24.8%)や、「メンタルヘルス対策に関する労働者への教育研修・情報提供」(33.0%)などがある。感情労働に従事している従業員がメンタルヘルス不調に陥って休職した際、職場復帰を支援するための施策などは今後ますます重要になるのではないだろうか。
施行から5年以上が経過し、ストレスチェック制度の理解は十分に進みつつある。しかしながら前述のように、この制度が目的としているのは、あくまでメンタルヘルス不調を未然に防止する一次予防である。ストレスチェックを実施するだけで満足するのではなく、感情労働に従事している従業員のメンタルヘルス不調をどうケアするのかなどまで踏み込み、解決策を検討することが求められる。
オペレーターの心を可視化するAI
このストレスチェック制度では、1年に1回調査を行うことが義務付けられている。とはいえ特に精神的な負担が大きい職場や感情労働を行っている職種では、この頻度ではメンタルヘルス不調の従業員を素早く把握し、適切なケアを行うことは難しいだろう。
とりわけコンタクトセンターやコールセンター、カスタマーセンター、お客さま相談センターなどは、消費の在宅化(いわゆる「巣ごもり消費」)によって顧客とコミュニケーションする機会が増えているうえ、コロナ禍によるワークスタイル変革の推進もあり、オペレーター自身の在宅化も進みつつあり、ストレスは増加していく傾向にあるだろう。一方でコストセンターからプロフィットセンターへのシフトに伴い、顧客接点として重要度がさらに増している。顧客満足度や顧客体験の向上をミッションとする、カスタマーサービス業務の中核とも言える存在だろう。
そのコンタクトセンターを支えるオペレーターが不足するとなれば、カスタマーサービスに支障を来すことにもなりかねない。そのため、メンタルヘルス不調による退職者を出さないために、オペレーターを適切にケアしていくことは重要なキーとなる。
そこで積極的に活用したいのが、オペレーターの状態を把握できるソリューションの活用だ。たとえばNTT Comの「コンタクトセンターKPI管理ソリューション」には、感情解析・会話分析AIを用いた分析ツール機能が用意されている。
感情分析は元気度や「喜び」「平常」「怒り」「悲しみ」の各感情の指標を表示する機能であり、これを利用することでオペレーター個人の状態を把握し、細かくケアすることが可能となる。たとえば普段と比べて元気度が低いといったとき、スーパーバイザーが声かけをするといったケアを迅速に行えるため、感情労働における精神的な負担の軽減につなげられる。また問題のあるコールをトレースする機能もあり、元気度が低いコールIDを特定してモニタリングに活用するといった使い方も可能である。
なおコンタクトセンターKPI管理ソリューションには「Assessment」と「Dashboard」「VoC Reporting」の3つのメニューが用意されている。Assessmentメニューはコンタクトセンターが抱えている現状課題の分析や、KPIやオペレーターの教育面などの項目の評価、さらにコンタクトセンターの現状を客観的に評価してレポートを作成するものである。
前述した感情分析などが含まれているのはDashboardメニューで、コンタクトセンターの運営に必要な機能をクラウド上で提供する「Amazon Connect」に対応した独自のダッシュボード(特許出願中)を提供する。このダッシュボード上で感情分析の結果を見られるうえ、NTT Comのノウハウを反映したダッシュボードでコンタクトセンターの状況を可視化することができる。
コールリーズン分析に加え、選択した個別テーマで専門のアナリストが分析を行うのが「VoC Reporting」メニューである。個別テーマとして用意されているのは、業務効率化(長時間通話/折り返し呼/新人オペレーターの苦手箇所特定)や応対品質の向上、お客さまの声の視える化、売上拡大・廃止抑止があり、自社が抱えている課題に合わせて選ぶことができる。
企業にとって従業員の健康は極めて重要であり、当然ながら身体的な健康だけでなく、メンタルヘルスについても適切にケアを行い、マネジメントすることが求められる。ここまで解説してきたとおり、特に感情労働はストレスが蓄積されやすいことから、適切にケアを行っていく必要があるだろう。これによって感情労働を行っている人たちも含めた従業員の心の健康が保たれれば、職場が活性化して生産性や売上の向上にも寄与するのではないだろうか。