

2023年、文部科学省は全国のアントレプレナーシップ教育(※)に取り組む計画のある国立、公立及び私立の高等専門学校(以下、高専)に向けて、「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」を公募しました。
採択された56校のひとつでもある函館工業高等専門学校(以下、函館高専)様は、その事業の予算を活用してメタバース空間の構築を学生に教えることを推進したいと、仮想空間プラットフォーム「DOOR」と3Dデータ編集(点群処理)ソフト「Elysium InfiPoints」を導入。併せて、導入の支援としてこれらのソフトや機器を使いこなせるようになるためのワークショップも実施しています。
函館高専様の教育理念や導入に至った経緯、技術者となる学生への想いなど、本事業を推進した小林先生にお話をうかがいました。
(※)起業家に求められるような精神や性質、能力、態度を育成する教育のこと。
<プロフィール>
独立行政法人国立高等専門学校機構
函館工業高等専門学校
物質環境工学科(取材時)
現在は一関工業高等専門学校 校長
小林淳哉 先生
https://www.hakodate-ct.ac.jp/
函館高専でメタバースを構築する機器の導入とワークショップを実施
これからの技術者は、手を動かすだけではなく、最新の情報をキャッチアップすることが求められる

私たち函館高専は、道南地域唯一の総合的な技術系高等教育機関として、想像力と実行力をあわせ持った技術者の育成を目指しています。「生産システム工学科(機械コース/電機電子コース/情報コース)」「物質環境工学科」「社会基盤工学科」という3つの学科があり、専門的な教育を行っています。
今回の「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」では、採択された56校の高専に予算が配分されました。その予算を活用して、メタバースを構築する技術を体験し、学ぶためにNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)さんとパートナーシップを組み、「DOOR」と「InfiPoints」を導入するに至りました。
これからの技術者というのは、最新の技術に常日頃から触れておかなければなりません。もちろん、ベースとなる技術はしっかりと学び、身につけたうえで。そういった思いもあり、技術者としての視野やスキルを広げるためにはメタバース系がいいと考えました。また、函館高専ではアントレプレナーシップ教育にも力を入れています。専門性をコアにしつつ、周辺技術を使って起業する学生を育てることを目指したものです。その側面からも、メタバースによってどういう世界が広がるのかを知ってほしかった、というのもメタバースにこだわった理由のひとつです。
初心者でもメタバースを構築しやすい「DOOR」と、情報を高度に統合できる「InfiPoints」の統合

NTT Comさんとのパートナーシップで導入したのは仮想空間プラットフォーム「NTT XR Space WEB(以下、DOORと表記)」と、3Dデータの編集(点群処理)ソフトの「InfiPoints」です。さらにそれらの導入支援としてワークショップも実施していただきました。
「DOOR」は、メタバースの基本的な環境を構築するソフトです。他にもメタバース空間を専門的に構築できるソフトはたくさんありますが、何より手軽に使えるところがすごくいい!学生たちが簡単に扱えて、見栄え良くつくることができます。
反対に、専門的な知識を必要とするのが「InfiPoints」です。これは学生たちには少し難しかったかもしれませんが、条件さえ満たせば高度なことができます。メタバースの入口として易しい「DOOR」と3D点群データを高度に加工できる「InfiPoints」。これらを統合することで、さまざまなことを実現できるとイメージできたことが、ワークショップの成果ではないでしょうか。
ワークショップは、3日間に分けて実施。
○1日目:メタバースセミナー(1時間)/ InfiPointsの操作説明(30分)
メタバースとは何か? どのような活用事例があるのかなどを紹介。
後半では、InfiPointsの1回目の操作説明を行いました。

○2日目:InfiPointsの操作説明(30分)/仮想コンテンツ(DOOR)作成トレーニング(1時間)
前日に引き続き、InfiPointsの操作説明を実施。
その後、実際にDOORに入り、基本操作や装飾、ルームのモデリング・制作を行い、ルームの公開まで行いました。


○3日目:ビジネスアイデア創出ワーク(1.5時間)
メタバースを活用してどのようなビジネスアイデアが出るか、学生と一緒に考える時間を設けました。

国内外に関わらず技術者の世界は、大きな変化の真っただ中にあります。
これまでは、技術を活用して手を動かす人財が求められてきました。しかし今は、AIをはじめ、想像できない方向に世の中が進化し続けています。
そのため、情報技術の進化の速度に対応できるスピード感もまた学生たちに教えていかなければなりません。
今回の取組みではメタバースを入口にして、そういったことを少しでも伝えられたのではないかと感じています。
予想できない未来を生きる学生のために、学校や授業の内容を進化させなければならない

今回のメタバース構築の取組みは授業の一環ではなく、「何か自分でもコトを起こしたい」という思いを持ち、そのために貪欲に最新技術の知識を得ようとする学生が集まって実施しました。好奇心旺盛な1~2年生が多いのが特徴です。だからこそ、扱いやすい「DOOR」がマッチして、1~2年生でも理解が深まりやすかったのではないかと思っています。
学内でアントレプレナーシップ教育に注力していることもあり、1~2年生を中心に少しずつですが機運が高まってきたように思えます。春からビジネスプラン実現のための支援を受けるような学生も現れ始めました。今回の「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」は、その流れの中にうまくハマった部分も大きいと感じています。
と、同時に意識が変化してきた学生たちの姿を見ていると、学校側の体制や授業そのものも変化させていかなければ、と強く思います。授業中に、「先生の言うことをインプットし、ノートにアウトプットする」だけでは、予想できないような未来に適応する技術者を育成することはできません。高専に求められるのは、単に技術を取扱う人財を育てることではなく、新しい技術を自らキャッチアップしてそれを活用し、アイデアを生み出せる人財を育てることです。だからこそ、授業中の先生による知識のインプットは必要最小限とし、それらの知識を活用して「探究してもらう」ことや、「必要に応じて自らの専門以外の知識も手にいれる」ことが必要になってきていると強く感じています。
化学を専門とする学生や、まだ専門分野を深く学んでいない1年生もメタバース技術も貪欲に吸収しようとして参加したことにとても満足しています。学生たちの反応もすごくよかったし、私たちもいろいろなアイデアを学生たちに発信できるようになりました。例えば、「学園祭で軽音楽部の演奏をメタバース空間で行ってみないか? 」といったアイデアを学生たちに提案し、考えるきっかけをつくることができたのもそのひとつです。また、ワークショップに参加していない学生に対して、参加した学生がレクチャーをするなど、能動的なコミュニケーションが増えてきているのもすばらしいことです。

これまで高専は技術者の人財不足を補うための学校、という使命を背負ってきました。もちろんこれからもそれは変わりませんが、支えるための技術や仕事が20年前とは大きく変化しています。だからこそ、学校では基礎・基盤を教えたうえで、それらを発展させる発想の生み出し方を経験してもらい、引き出しのひとつとしてストックしてもらうことが重要です。多くの学生たちは企業に就職するわけですから、入社した企業の中で新しい発想を生み出せる人財を育成するということは、これからの高専の使命になると考えています。
NTT Comさんとパートナーシップを継続し、高専の教育カリキュラムを再構築するなど、関係性を強化したい

今後も学生たちにはさまざまな新しい技術を知らせ、体験してもらうための機会を多くつくりたいと考えています。NTT Comさんのように世の中の最前線で仕事をする情報技術者から学ぶことはたくさんあります。高専の中に企業の技術者を講師として招き、一緒に高専のプログラムをつくるなど、できることを考えて、実現していきたいと思います。これからもよろしくお願いします。
<NTT Comの担当より>
今回の取組みを通して、函館高専様の志の高さに触れることができました。また、「DOOR」と「InfiPoints」のレクチャパートでは積極的に先進技術を触れようとする好奇心を、ビジネスアイデア創出ワークでは学生の皆様の柔軟な思考力と函館に対する愛を感じ、有意義なワークショップにできたのではないかと思います。この事業だけにとどまらず、今後もよい関係性を維持しながら函館高専様の教育の質の向上に寄与できれば、と考えています。
<導入ソリューション>
■NTT XR Space WEB(DOOR)
https://door.ntt/
NTTコノキューが提供する仮想空間プラットフォームで、2020年11月に日本初の3D空間型オウンドメディアとして開設。ウェブブラウザで利用可能なため、アプリをダウンロードせずにアクセスでき、初心者にも優しく簡単に操作できるメタバース環境構築用プラットフォーム。
■InfiPoints
https://infipoints.elysium-global.com/
レーザースキャナーで建物などを計測した大規模な点群データを処理するためのエリジオン社製ソフト。データ合成、ノイズ除去、円柱や平面の自動抽出をもとにした配管等のCADモデル化、CADと点群を用いたシミュレーション、点群VRなど多彩な機能を備え、建設・プラント設計・土木・文化財調査など幅広い分野で利用されている。