
偶然の出会いから生まれた「パープルM」
2024年7月7日、人気アイドルグループで活躍する村上信五さんをプロジェクトリーダーとするぶどうプロジェクト「パープルM」の記者発表が行われました。
「パープルM」を手がけるのは農業系スタートアップ・ノウタスですが、村上さんは同社の一社員としてこのプロジェクトに参画。新しいぶどうの取り組みが大きな話題となりました。

「パープルM」では「ぶどうをもっと楽しく、おいしく、身近に、無駄なく」を掲げ、ぶどうの観光農園、新種の研究開発、生産・加工・流通、さらには海外輸出などを手がけていきます。

2024年6月には大阪府高槻市と連携協定を締結。高槻市に農業法人「ノウタス高槻農園」を設立し運営をスタートしています。
「パープルM」の始まりは、ノウタス代表取締役会長の髙橋明久さんと村上さんの偶然の出会いからでした。
髙橋「2022年に、とある飲み会の場で偶然、村上と一緒になりました。最初は彼がアイドルの村上信五だとも気づかずにいたのですが、彼がたまたまノウタスのビジネスや働き方に興味を持ってくれたのです」
ノウタスは、髙橋さんを始めアクセンチュア出身者が中心になって設立。髙橋さんは、コロナ禍でリモートワークになったのをきっかけに、身内の農園を手伝いながら、コンサル業務を行うという働き方を実践するようになります。
髙橋「農家の仕事は早朝から日が昇るまでが基本です。その後9時からはコンサル業務をやるというのが意外なほどスムーズで、体力的にもそれほどきつくなかった。逆に1日がすごく充実して感じられました」
その話をアクセンチュアのチームメンバーにしたところ、「実はうちも実家が農家で…」「いつか農業やってみたいと思っていたんです」と、髙橋さんの働き方に共感する人たちが集まってきました。

農業に興味があっても、専業農家として生計を立てるのは現実的に厳しいことが多いですが、現在の仕事と兼業で農業にかかわるような新しい働き方があるのではないか。
もしくは、これまでの仕事の得意分野を農業に生かせるような事業を手がける会社を創ったら面白いのではないか──。
そんな思いがノウタス創業へとつながっていきました。
髙橋「それぞれのメンバーが得意分野で活躍しながら農業に関われる環境をつくる、つまり『農に足す』ことで、ノウタスとして事業が拡大したり、売り上げを伸ばすことを目指しています」
実際、ノウタスの経営陣には、ノウタス以外の業務と兼業しているメンバーが多数います。そしてそのもうひとつの仕事が、ノウタスの業務にも生かされているのです。

アイドル業と両立してビジネスに本格コミット
長年アイドルとしてのキャリアを積んできた村上さんにとっても、「アイドルという本業をやりながら、これまでのエンタメ業界での経験を生かしつつ、農業という新しい分野の仕事をする」ことに大きな魅力を感じました。
芸能人がビジネスにかかわるケースは少なくありませんが、その多くは広告塔としての役割を期待されているもの。ビジネスの中枢にコミットすることはほとんどありません。
アイドル業が忙しくても、ノウタスなら隙間時間にリモートで会議に参加することで、両立できるかもしれないと、飲み会の場で意気投合。
最初の出会いから3カ月後の12月には現STARTO ENTERTAINMENT社との協議を開始し、両者の合意を経て2024年4月には兼業社員として入社することになりました。
髙橋「このときの村上の行動力はすごかったですね。飲み会の話ですから、盛り上がってそこで終わりというのが普通だと思います。しかし、翌日には村上のラジオ番組からゲスト出演依頼があって、翌週には番組に呼ばれていました」
「パープルM」の構想は、この初対面の飲み会時からあったといいます。「自分たちでぶどうの新種を作ろう」と「パープルM」というプロジェクト名もその場で決定。
パープルはぶどうを象徴する色であると同時に村上さんのメンバーカラー、Mは村上のイニシャルから来ています。
知り合って1〜2週間後には、村上さんと髙橋さんは長野でぶどう農園を営む岡木宏之さんを訪ねます。
岡木さんはノウタス専務取締役で、現在はノウタス高槻農園取締役社長も兼務する人物です。「パープルMプロジェクト」を進めるためにも、実際に農園を見て農家の人と話してみたいという村上さんの熱意から実現した長野訪問でした。
人気が低迷する巨峰をリブランディング
村上さんがノウタスの取り組みで大きく共感したのが、巨峰のリブランディングでした。
近年、巨峰はシャインマスカットの人気に押されて生産が大きく減少。シャインマスカットが1房1500円程度なのに対して、生産により手間がかかる巨峰はその半値の700〜800円で流通しています。
そんな市場のトレンドの影響で、多くのぶどう農園が巨峰からシャインマスカットにシフトしているのです。

髙橋「巨峰はぶどうの王様ですし、味も最上級においしい。そんな巨峰が生産されなくなってしまうのは、ぶどう業界にとって大きな損失です。
中長期的に考えると、品種の多様性があるほうが絶対にいい。疫病などのリスク、トレンドや好みの変化、加工などを考慮すると、品種が多いほど選択肢が増えます。そのためにも、まずは巨峰の人気を取り戻そうと、リブランディングに取り組みました」
ノウタスが運営する産直EC「ノウタスモール」で巨峰とシャインマスカットの食べ比べセットを「あと値決め」で販売。「あと値決め」とは送料のみ定価で、商品の値段は購入後に食べてから消費者が決めて支払うというユニークな仕組みです。
その結果はというと、巨峰にはシャインマスカットより1.4倍も高い値段がつきました。

髙橋「シャインマスカットもおいしいけれど、巨峰のほうが味に深みやコクがあるという声が多かったです。この結果を世の中にリリースすることで、巨峰農家に『自信を持って巨峰を作り続けてください』というメッセージを送れたと思います」
ぶどう農家の抱える課題解決に向けて
ぶどう農家の抱える課題は、ほかにもあります。そのひとつが、流通に乗らない規格外品の扱いです。
ぶどうは1房に数粒傷んでいたり、房のシルエットが崩れていると規格外となり、値段が大きく下がるか、商品として流通できなくなります。そこでノウタスが仕掛けたのが、複数の品種の規格外品の粒を少しずつ集めた食べ比べパッケージの販売です。
髙橋「見た目も華やかで、いろいろな味を楽しめるのが楽しいと好評です。高級なぶどうは1房数千円もしますが、この食べ比べセットなら1粒だけお試し感覚で食べられます。こういった新しい販売方法をマーケットに提案することも、我々にできることのひとつです」

さらに加工品として、ぶどうのビールの販売やグルテンフリーのバウムクーヘンの開発も行っています。「パープルM」の認知度がアップすることで、ブランドライセンスによる商品化のオファーも舞い込むようになりました。

本格的に動き出した「パープルM」の拠点となるのが、高槻市の協力を得てオープンした「ノウタス高槻農園」です。次回はこの農園からどのような事業を展開していくのかを詳しく伺っていきます。
この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております。
構成・取材・文:久遠秋生
撮影:安部まゆみ
バナー写真提供:ノウタス
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)