ミニマル装備で日本一周 自転車旅の経験からライフハックを考えてみた
公開日:2022/05/27
近年、「ミニマリスト」という言葉が流行しています。 余計な持ち物を減らし、必要最小限の家具や洋服だけで過ごすという生活様式のことをいいますが、長旅にもまた「ミニマリスト」の考え方は重要です。 筆者はその昔、自転車で日本一周をしたことがあります。 「ツーリング」といえば様になるかもしれませんが、動力を持たない乗り物での長距離・長期間移動はそう楽なものではありません。 今考えればそれは「時間」「使えるツール」そして「体力」とのバランスの良さが試されるという、日々の仕事や生活に似ていると筆者は感じています。
目次
4か月、9555キロメートルを走るために
さて、これから皆さんが自転車に乗って、4か月かけて自転車の旅に出るとしましょう。 そして、このような条件で出発前の準備をしなければなりません。
- 走行期間は4か月、北海道から沖縄まで全都道府県踏破
- 荷物量は自転車で運べる量(必要なグッズの現地調達は可能)
- 宿にありつけず、キャンプになる可能性もある
- スマホ不可、ネットカフェなし、よって地図必須(ガラケはOK)
皆さんなら、何を持って行くでしょうか? いつどのようなシチュエーションに遭遇するか分かりませんから、あれもこれも…となってしまうかと思います。 自転車旅行をしている人を見かけたことのある人は多いでしょう。 大抵、前輪・後輪の左右両サイドにバッグをつけ、ハンドルの前にも小型バッグをつけて走行している人が多くいます。 それに対して、筆者はこのような軽装備でした。もう20年以上前のことです。
<写真:著者提供>
「日本一周にしてはずいぶん荷物少ないねえ……」とよく言われたものです。 それもそのはずです。「極力減らした」というのが筆者の本音だからです。 なぜなら、自転車は自分の筋肉だけが動力だからです。重い荷物は自分の体に負荷をかけてしまいます。あまり重いと、県境の山越えが厳しくなってしまいます。 快適さ・便利さと体力を天秤にかけなければなりません。何でも持っていればよいというわけにはいかないのです。 なお、ハンドルについているバッグには、主に貴重品とレンチなどの修理用品とスペアパーツ、カメラを入れていました。 後ろの荷台にはテントとマットを積んでいます。 両サイドのバッグは、片方は地図(全国分)とちょっとした着替えでいっぱいになってしまいます。もう片方に、このバッグそのものの雨カバー、輪行袋(離島への飛行機移動の時に自転車を入れる大きな袋です)、替えの靴(走行時は足底に金具のついた専用の靴を履いていますから、目的地についたら履き替えます)、タオル、キャンプになっても最低限お湯くらいは沸かせるガスバーナー……といった具合です。これらを重さが均等になるようにぎゅうぎゅう詰めにしていました。 そして今になって、この経験はちょっとしたワークハックやライフハックを含んでいると感じます。
根幹に関わるものは多少高くても良品
締め切りもなくゆったり旅をして良ければ、筆者は「フル装備」を選んでいた可能性があります。しかし当時、大学生の「夏休み」の範囲内で済ませなければならなかった現実がありました。 よって、距離を優先するために生まれたのがこのミニマリスト的装備です。 自転車乗りにとっての「根幹」といえば、走行時の快適さを外すわけにはいきません。 1日9時間は走っていました。そして雨の日だってあります。 そこでちょっと背伸びして、パタゴニアでウェアを選びました。 まずウインドブレーカーは薄いながらも完全防風・防水です。さらに走行時に履いていたハーフパンツは「超速乾性」があるものを選びました。 上半身のウェアも、基本は自転車用の速乾です。 雨の日でも宿泊先で入浴中に手洗いしておけば翌朝までには乾いているので、毎日同じものを着ていました。 あとは寝るとき用、あるいは洗濯ができない時のためのTシャツがせいぜい2〜3枚と、自転車を降りてから履くものがあれば良いのです。これも薄手のナイロンのズボンを選びました。間違ってもジーンズなど持ち運びません。 防寒具は「上から着る」かさばるものではなく「高機能のものを中に着る」主義です。当時はまだヒートテックなどない時代でしたから、山用のグッズです。 高機能な一部のウェアのおかげで、着替えの重量が減ります。 機能を追求したため決してオシャレではなかったでしょうが、目的は走ることなのです。
ミネラルウォーターを頭からかぶってはいけないのか?
さて、走り始めると、様々なシチュエーションに出会います。 常識を破ったことを考えないと、走り続けることができそうにない場所も多くあるのです。
「酷道」2号線
日本には、自転車で走ると地獄のような道が数々あり、「酷道」と呼ばれています。狭い、傾斜が大きい、アスファルトが割れている、ヘアピンカーブが多い…そのような道です。 舗装されていない山道が「国道」という場所もありました。 筆者としては、真夏の国道2号線、山陽道はまさに「酷道」でした。 渋滞するエリアで車道を走ることができず、車の排気もあって酷暑の道です。 頭や首筋を冷やさなければ熱中症になる、そう感じました。 そこで駆け込んだのがコンビニです。大容量の水を持って走ればいいじゃないか、そう思われるかもしれませんがミニマルで出発しているので積む場所もなければ、その重量で汗をかくのとどっちが良いのか分かりません。 そこで、2Lのミネラルウォーターを駐車場で頭からかけ、冷やしました。傍から見れば奇妙な行動なのは百も承知です。一般的にミネラルウォーターは飲むものだと思われているからです。しかし、熱中症寸前なのにそんなことは言っていられません。
野宿から生まれたレシピ
1日に走行できるのはたかだか100kmほどです。当然、「何もない道」が続き、宿などないところで日暮れを迎えることもあります。スマホなんてないし、かさばる懐中電灯など持ち合わせてはいません。 覚悟はしていましたが、四国の吉野川沿いでそんな場所に遭遇しました。もちろんテントを持っているので河原の石をテント1張り分除き、そこで夜を明かすことにしました。
<写真:著者提供>
問題は食糧です。体力の消耗具合を考えれば、お菓子で夕食というわけにもいきません。 ちょうど橋の向こうにスーパーマーケットがあったのですが、惣菜や弁当は売り切れていました。そして、店内にポットも無くお湯が調達できる場所でもありませんでした。 ガスバーナーに手持ち鍋がひとつ。 そこで思いついたのが下のレシピです。
- 材料:サラダ用の細いパスタ、カップスープの素
- 手順:水でパスタをゆでる。ちょうどいい時間になったらカップスープの素を入れる。
以上。今では「ワンパンパスタ」として流行しているレシピでもありますが、当時はそのようなものはネットでは紹介されていませんでした。 割り箸を貰い忘れたので、その辺の木の枝をサバイバルナイフで削って使いました。これは良い工夫だと思ったのですが、思いのほか不便すぎました。枝にも曲がり具合の個性があるからです。
草を詰めれば・・・
気仙沼市では、宿の直前のコンビニを出るときに後輪がパンクしました。大雨の日です。 その場でチューブ交換をすれば良いのですが、不幸なことに空気入れをなくしてしまっていました。 店員さんが御近所に空気入れはないかと探し回ってくれたのですがなかなか見つからず、雨の中、こんなことを考えていました。 「空気を入れられないなら、タイヤに草を詰めれば走れるかもしれない」。 必要は発明の母とよく言いますが、自分でもこれはナイスアイデアだと思っています。 何かしら代替できるものはあるのです。パニックに陥って解決を急ぐあまり中途半端に余計なことに手をつけ全部うまくいかない、となるよりも、多少手間はかかっても覚悟してかかる方が良いのかもしれません。 結果としては覚悟してタイヤを取り外しかけたとき、空気入れを借りることができたのですが。
「走ること」と「走り続けること」
何かが足りない、そのたびに考え、新しい発見をする。 今はあらゆる便利なツールが普及し、逆情報過多になっていると言えるでしょう。これでは劇的なクリエイティビティは生まれにくいかもしれません。 さて、最後に、最も重要なことをお伝えしたいと思います。 それは、「走行距離もシンプルにする」ことです。 何の制約もなければ、山道があっても1日150〜200kmは移動できます。 しかし筆者はそれをしませんでした。 なぜなら、「走る」ことと「毎日走り続けること」とは理屈が違うからです。 翌日に疲れを持ち越してしまえば、それが積もり積もって旅を完結することが難しくなります。そうならないようにする距離が1日100km程度なのです。 これは、ビジネスパーソンにも必要な心得だと思っています。 毎日がフル装備フルスイングでは持ちません。 もちろんフルスイングが必要な時もあります。峠の最中でここが100km地点だからといって止まるわけにはいきません。 しかし、どこかでバランス調整をしなければ長旅はできないのです。 それから、一度決めた手段にこだわり過ぎても物事を完遂できません。 「日本一周」というと、キレイに円を描く走り方を想像される人は多いでしょう。 筆者も、スタート地点は北海道でした。 しかし6月の梅雨時も含まれており、それを言っていると毎日が雨になってしまいそうでした。そこで、北海道から本州に渡るときは週間天気予報を見て青森ではなく新潟行きのフェリーに乗りました。最終的に全都道府県を踏破できれば良い、最後は出来れば青森が良いな、という考えです。 仕事人生は長旅と同じです。 「走る」のではなく「走り続ける」ために、余計なものを捨て、加減できるときはする。 でなければ、遠くに行くことはできません。
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この記事を書いた人
清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に関連メディアに寄稿。