イエスマンよ、さようなら!組織の在り方を検証しよりよい関わり方を目指そう

記事の冒頭イメージ

公開日:2022/07/15

苦しむ人を見るのは辛いものだ。「他者が苦しい思いをしているのを見るのは嫌だ」という共感力は人間だけではなく、霊長類をはじめとしてゾウやブタ、ネズミなどにも広くみられるという。共感はそれだけ進化的に起源が古いことなのだ。*1

そのような共感力が生物としての人間に組み込まれているのにもかかわらず、人間社会では時にそれに反する行動がみられる。
たとえば、ある実験では、権威をもつ人の命令なら、他者に苦痛を与えることをも厭わない被験者が続出したという。

それほどに人は権力に弱い生き物だといってもいいだろう。
こうしたヒエラルキーがイエスマンを産み、それが不祥事につながることも多々ある。

組織ぐるみの不祥事が報道されると、私たちはそれがまるで自分とは無縁の愚かな人が引き起こしたことだと捉え、非難の目を向けがちだ。
でも、果たしてそうなのだろうか。

私たちの中にいるアイヒマン

組織の中で生まれるイエスマンについて考えるのに格好の事例がある。

アイヒマン裁判

1961年、ナチス・ドイツのアイヒマン裁判が始まった。*2
ホロコーストに際して、大勢のユダヤ人を強制収容所に移送する指揮をとったのがアイヒマンだった。

法廷の場で、どれほど凶暴な人間かと固唾をのんでいた人々は、連行されてきたアイヒマンを一目見て、目を疑った。予想に反して、ごく善良そうな一市民にしか見えなかったからである。*3、*4

アイヒマンのイメージ
図1 アイヒマン
出典(左・右):NHK「BS 世界のドキュメンタリー:実録 アイヒマン裁判」
出典(中):UNITED STATES MEMORIAL HOLOCAUST MUSEUM
「1961年にエルサレムで行われた裁判でメモをとる被告アドルフ・アイヒマン。」
https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/photo/defendant-adolf-eichmann-on-trial
裁判で虐殺の責任を問われたアイヒマンは、「自分は単なる公僕であり、ただ命令に従っただけだ」と淡々と繰り返した。

アイヒマン裁判

裁判が始まった翌年、イェール大学の心理学者スタンレー・ミルグラムによる電気ショック実験が行われた。「アイヒマン実験」と呼ばれる有名な実験である。*5

アイヒマン実験で使われた「疑似電気ショック発生器」のイメージ
図2 アイヒマン実験で使われた「疑似電気ショック発生器」(実物)
出典:公益社団法人 日本心理学会「ミルグラムの電気ショック実験」
https://psych.or.jp/interest/mm-01/

図2のように、「疑似電気ショック発生器」には30個のスイッチが並んでいる。それぞれのスイッチにはボルト数が書かれていて、左端は15V、そして15Vずつ増加していき、一番右端は450Vになっている。

このボルト数が人体にどのような影響を及ぼすかについては、説明がつけてある。左端は「Slight Shock」で「Very Strong Shock」や「Danger: Severe Shock」を経て右端は「XXX」となっており、その「XXX」は致死を暗示している。

被験者は「体罰と学習効果の測定」という名目で、隣室にいる生徒役の回答が間違う度により強い電気ショックを与えることを実験者から要求される。
実験者は大学の研究者という、ある種の権威者だ。
生徒役はサクラであり、もちろん本当に電気が流れるわけではない。

教師役の被験者はためらったが、実験者は「続けてください」「続けることが必要です」「続けることが絶対必要です」「続ける以外に選択肢はありません」と4段階で命令し、それでも教師役が拒否したところで実験を終了した。*6

その結果はというと・・・。
実験が始まると、誤答の度に生徒役は叫び声を上げた。300Vになると「やめてくれ!」と叫び、それを超えると声を発しなくなった。

それにもかかわらず、教師役の被験者40人中26人、つまり65%の人が最大の450Vまでボルト数を上げたのだ。
ミルグラムはこの実験をさまざまな状況で行ったが、いずれも61~66%の範囲の人たちが最大の疑似ショックを与えた。*5

教師役は特別な人たちではなかった。実験の間、震えや冷や汗、ヒステリックな笑いなど、極度の緊張状態をみせる者もいた。*6
実験者が権威者であるとしても、命令に従わなければ罰せられるわけではなく、実験を中断すれば極度の緊張からも罪悪感からも解放される状況だったのにもかかわらず、半数を超える被験者たちが最後まで実験を遂行したのだ。

この実験結果をミルグラムは次のように捉えている。

「普段は責任感のある人でも、権威の下にあるヒエラルキーの中に身を置くと、自身を他者の要求を行う代理人と考えるようになり、自分の行為を権威ある人に責任転嫁する」

アイヒマンは誰の中にもいる可能性があるのだ。

「組織への過剰な適応」はなぜ起きるのか

人間は根源的に組織に帰属したいという欲求が強いといわれる。
そして、アイヒマン実験が示しているように、人が組織に関わると、そこから思いがけない事態が生じるおそれがある。

その原理をより深く探ってみよう。

人には帰属への根源的な欲求がある

アメリカの心理学者A・マズローは「欲求階層説(欲求ピラミッド、欲求5段階説)」を唱えた。*7
人の欲求には以下のような段階があり、「低次の欲求が満たされると、一段階上の欲求が高まり、その欲求を満たすための行動を起こすようになる」という学説だ(図2)。

マズローの「欲求階層説」のイメージ
図2 マズローの「欲求階層説」
出典:野村総研「用語解説 経営 マズローの欲求階層説」
https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/lst/ma/maslow

この学説に従うと、集団に帰属したいという欲求は下から3階層目、つまり安全な生命維持の次にくる根源的な欲求といっていいだろう。
裏返せば、組織から排除されることは人間にとって恐怖なのだ。

また、人は生まれてからずっと、家庭や仲間、学校、クラブなど、新たな組織に所属する度にその文化を習得してきた。そのため、会社の文化を学習するのもそう難しいことではない。*3
さらに、人には周囲の人々の意図や思惑をよみとる能力がある。

こうした資質のため、人は進んで組織の一員となり、ときには組織に過剰に関わりすぎてしまうのだ。

「メガホリズム(過組織症)」の原理

人が組織と関わることによって生じるこうした病理を「メガホリズム(過組織症)」と名づけ、その病を解き明かそうとするアプローチがある。
ポイントは、組織のもつ特徴とそこに関わる人の心の在り方だ。*3

『メガホリズム 組織に巣食う原罪』 では、この病について、以下のような定義が示されている。

メガホリズムとは、組織と交わったことによって自分を見失ってしまった人と、その人たちが形成する組織とが、相互に影響を及ぼしあいながら重篤化していく病である。

人が組織に所属し、その一員となっていく過程で、組織への適応が過剰になってしまった「過組織」状態。
特別な人に限らず、誰でも罹るおそれがあり、人生にダメージを与える病気。
それが「メガホリズム」だ。

もちろん、原因は人間側にだけあるのではない。
組織は入社式などの儀式で組織の威力を植え付ける。
また、金銭や昇進という報酬を与えることで、人に対して圧倒的な力を持ち、人を内部に取り込む。

人本来の資質と組織側からの働きかけによって、人は組織の一員となり、組織の規範に自分を同一化するのだ。

組織と健全に関わるために

では、人が組織と健全に関わるにはどうしたらいいのだろうか。

同書には、メガホリズムをあぶり出すためのチェックリストや望ましい方向性に舵をとるための工夫が豊富に示されている。その中から、2点ご紹介しよう。*3

集団思考を排除する

まず、組織が集団思考に陥っていないか把握するためのテストだ。
組織が以下のような状態だったら、集団思考に陥っている可能性が高いと筆者は指摘する。

  • 社員はまとまりがある。
  • 自分たちは優秀で魅力的だと思う。
  • 「ガス機器なら〇〇」というような組織の明確なアイデンティティがある。
  • ライバルとの競争が激化している。
  • 力強いリーダーがいる。
  • 情報を取捨選択してトップに伝える幹部がいる。

ここで思い起こされるのがリーマンショックだ。
リーマン社のCEOは優秀なCOO(最高執行者)を解任し、以後6年間COOを置かなかった。そして、6年後にイエスマンの部下をCOOに任命し、独裁体制を敷いた。
CEOの機嫌を損なうことを恐れた新COOは耳当たりのいいことばかりを伝え、問題が生じていることに気づいていながら、見て見ぬふりをしていたのだ。

では、上のような状況に当てはまる場合にはどうしたらいいのだろうか。
以下は、限られた時間と人員でも実施可能な、会議における対応策である。

「我々は失敗した」あるいは「失敗する」と想定して言い訳を考える。それを出発点に弱点を洗い出す。
つまらないことでもいいから意見を言う。人の意見は批判しない。
ただし、対立を厭わない。議論を歓迎する。
競合会社や取り引き先、顧客の立場でものを言う。
シミュレーションをしながら具体案を考える。
最終的に大切なのは「質」であることを念頭に置く。

この他、リーダーや立場が上の人が議事進行役にならないこと、議事進行役は持ち回りにして議事進行役になった人は意見を述べないことも大切だ。

ポイントは、どうすれば自分たちのアイデンティティを守れるかではなく、自分たちの決定によって誰がどのような影響を受けるかをきちんと話し合うことだ。

高度信頼性組織を目指す

次は、高度な信頼性が認められる組織のメンバーが用いている方法だ。

  • 失敗を隠さない:小さいミスや失敗もすべて報告し、そこから教訓を得る。
  • 単純化しない:自分たちが直面する状況は複雑で不安定であり、そのすべてを知り、予測することは不可能だと心得る。できるだけ視野を広くし、より多くのものに目を向ける。常識的な知識を疑い、人々の多様な意見を潰さずに合意点をみつける交渉術を身につける。多様な経験をし、部門横断型な人間になることを目指す。
  • 不測の事態の発生に常に気を配る:不測の事態の予兆は現場に現れる。そして、人間関係が影響する。したがって、現場の様子と人間関係に注意を払う。
  • 復旧能力を高める:欠陥のないシステムはない。システムに不都合が生じたときは、被害の拡大防止とシステムの機能をできるかぎり維持するための応急処置を行う。また、最悪の事態を想定して、シミュレーションを行う。
  • 専門知識を重視する:意思決定を現場に委ねる。権限は地位の高い者にではなく、専門知識が最も豊富な者に委ねる。

いずれも実施するのはかなり難しいが、組織のメンバーがこうした意識を持つことこそが、本来の意味で仕事に習熟することであると著者は述べている。

組織の在り方、関わり方を検証してみる

人には組織に属し、よき組織人として貢献したいという願望がある。
しかし、そうした気持ちから過度に組織と自己を同一化し、組織に適応してしまいすぎ、いつの間にか身動きがとれなくなってしまうことも多々あるのではないだろうか。

特にヒエラルキーの下では、知らず知らずのうちにイエスマンになり、ときに判断を誤ってしまうおそれが誰にでもある。

組織全体の変革はなかなか難しい。
しかし、まずは組織の在り方と自身の関わり方を冷静に検証してみる。そして、そこから得られた気づきを大切に生かしていく―そうした方向性が有益ではないだろうか。

資料一覧

  • *1
    渡辺茂(2020)『あなたの中の動物たち ようこそ比較認知科学の世界へ』教育出版社
    p.117
    *キャプチャはこの一覧の一番下にあります。
  • *2
    NHK「BS 世界のドキュメンタリー:実録 アイヒマン裁判」
  • *3
    佐藤眞一・本多-ハワード素子 著(2013)『過組織症 メガホリズム 組織に巣食う原罪』CCCメディアハウス(電子書籍版) No.1229-1233、No.611-618、No.364-378、No.2930-2948、No.2989-3000、No.263-289、No.3028-3039
  • *4
    UNITED STATES MEMORIAL HOLOCAUST MUSEUM 「1961年にエルサレムで行われた裁判でメモをとる被告アドルフ・アイヒマン。」
    https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/photo/defendant-adolf-eichmann-on-trial
  • *5
    公益社団法人 日本心理学会「ミルグラムの電気ショック実験」
    https://psych.or.jp/interest/mm-01/
  • *6
    山岸俊男 監修(2011)『徹底図解 社会心理学―歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで―』新星出版社 p.62、p.64
  • *7
    野村総研「用語解説 経営 マズローの欲求階層説」
    https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/lst/ma/maslow

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この記事を書いた人

横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている

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