社内にミニ・スタートアップが林立?18%の社員を失っても突き進んだザッポスの自主管理型組織への道

社内にミニ・スタートアップが林立?18%の社員を失っても突き進んだザッポスの自主管理型組織への道

公開日:2022/09/12

それは、社員にとって大きな衝撃だった。*1
ある日、全社会議でCEOが自主管理型組織へと本格的に踏み出すことを告げたのだった。

その時点で新たな組織運営システムであるホラクラシーを既に導入していたが、うまくいっているとは言い難かった。
新たなシステムに馴染めず、抵抗する社員もいて、不満がくすぶっていたのだ。

CEOは社内の混乱を認め、少し違う方向に歩み出す必要があると言い、さらに本格的な自主管理組織である「ティール組織」への方向性を示したのだった。
だが、それは逆効果だった。

ティール組織にはマネジャーが存在しない。権力を奪われた元マネジャーたちは憤慨した。
パニックに陥ってしまった人もいた。
素晴らしいコンセプトのはずなのに、激しい変化についていけない社員の間でさらに不満が広がっていった。

ティール組織はすべての関係者が参加しなければ機能しない。
そこでCEOは全社員にメールを送り、ティール組織に合わないと感じる社員が安心して退職できる「ティール・オファー」を提示した。

それは、ティール組織に賛同できない人には、給与3か月分か、勤続年数1年につき給与1か月分の退職金を支払うというものだった。
さらに、1年後に復帰するチャンスもあった。

その結果、18%の社員が退職した。
ただし、ティール組織に不満をもって辞めたのは全体の6%だ。
去っていった社員の中には長年この会社で働いてきた人たちもいた。
残った社員は家族を失ったような喪失感を抱え、果たして会社がこの先も生き残っていけるのかと不安にかられた。

そんな危機的な状況を招いてまで進めたティール組織への取り組みとはどのようなものだったのだろうか。

最大規模のティール組織として知られるアメリカのアパレル通販会社、ザッポスの自己管理型組織への道のりを通して、その意義と難しさについて考えてみたい。

ホラクラシーとティール組織

ザッポスは準備期間を経て、2014年1月からホラクラシーを導入し、2015年にはティール組織に移行した。*2

ホラクラシー(Holacracy)とは組織のオペレーティングシステムのようなものだ。
ルールとプロセス、ガイドラインなどをあらかじめ定義しておき、組織が自主管理、自己組織化できるようにするもので、すべての従業員に革新、変更、発言する権利を与える。

ホラクラシーが組織のオペレーティングシステムなのに対して、ティール組織は最も進化した組織自体をいう。*3
ボトムアップで決められた目標を達成するために、「丸ごとの個人」(仕事人としての個人ではなく、その人のすべて)が自主管理と自己組織化ができるようにするための組織なのだ。
ティール組織のリーダーたちは理想の職場のあり方として、自分の組織を常に進化し続ける「生命体」あるいは「生物」と捉えている。*4

ザッポスは、ティール組織の運営にホラクラシーというシステムを用いているのだ。

では、ホラクラシーとはどのようなものだろうか。

チームこそが組織構造である

ホラクラシーではチームを「サークル」と呼ぶ。チームは個人の役割を共同で決めて割り当てる。*3
伝統的な組織にもチームはあるが、自主管理型組織では、組織全体の構造がはるかに細分化されるため、非常に多くのチームが存在する。
ザッポスではホラクラシー導入後、それ以前150あった部署が500のサークルに置き換わった。

組織のニーズの変化を社員が認識する度にサークルは結成と解散を繰り返す。新しい目標やタスクや構想が現れると、社員の誰かがサークルを結成する。

チームが自らを設計・統治する

ホラクラシー型組織では、サークルの結成・変更・解散のルールを大まかに定めた文書が組織の「憲法」として承認される。*3
それぞれのサークルは自らを管理しながら、憲法のガイドラインの枠内で、自らを設計・統治する。

ザッポスでは、社員に最大限の自由と最大限の責任を与えるために、制約を次の3つにまで絞りこんだ。*1

1.自分たちの基盤である企業文化を忠実に守ること
2.自分たちのブランドである顧客体験と顧客サービスを重視すること
3.それぞれのサークルを基本的にミニ・スタートアップとみなし、マイクロビジネスとして運営し、損益のバランスをとること

この制約さえ守れば、やりたいことは何でもできる。

リーダーシップは置かれた環境に応じて変わる

リーダーシップは個人ではなく役割ごとに割り当てられ、リーダーの責任は仕事内容の変化に応じて変わる。*3

その変化を周囲に知らせるためにはテクノロジーが必要だ。
ホラクシー組織では企業向けのソフトウェアを利用して、サークルごと、役割ごとの目的・責任・意思決定権を体系化し、組織内の誰もがそうした情報を得ることができるようにしている。

役割がしっくりしない人がいたら、「リード・リンク」と呼ばれるリーダ―が、その役割を別の人に割り当てる。リード・リングは1つのサークルを、それを内包するさらに大きな別のサークルに結びつける役割も担う。

これまでみてきた3つの特徴を併せ持つ組織は、社内の権力者の要求ではなく、仕事上の必要性に対応する組織になると考えられている。

メリットと課題

次に、自主管理型組織のメリットと課題をザッポスの取り組みを通してみていこう。

1人で多くの役割を担う

ホラクラシー型組織では、社員1人ひとりが複数の役割を担う。社員は話し合い、任務遂行に最も適した人をそのタスクに割り当てる。*3
そのため社員は自分の関心や強みを生かすことができるのだ。

ザッポスは社員がもつスキルを一目で他の社員に伝えられる「バッジ」という制度を作った。
たとえば、「新人ライター」というスキルは、「必要な場合には、顧客宛てに返信メールを書くことが条件つきで許されるスキル」を表す。「ホラクラシー用ソフトを完璧に理解している」ことを表すバッジもある。

こうしたやり方で役割設計をするため、社員は自分が大事な仕事に貢献できたという強い実感を得ることができる。
また、必要な手段や助言、手助けをしてくれる同僚がいることで、社員のエンゲージメントが強固になるといわれている。

だが、問題もある。
ザッポスの社員は平均7.4の役割を担い、1つの役割は平均3.47個の個別の責任を伴う。そのため、社員1人当たり25個を超える責任を負うことになるのだ。
その結果、社員はどこに注力すべきかに悩み、サークル間の優先づけと調整に苦心することになる。

この対処法として、ザッポスは「ピープルポイント」と呼ばれるツールを試している。
各サークルには特定のポイント数が割り当てられ、各サークルは割り当てられたポイントをサークル内のそれぞれの役割に割り当て、社員を募る。
一方、社員は全員100ポイントずつの予算をもち、各自が選んだ各役割に振り分けていくのだ。

各サークルに割り当てられるポイントは、サークルがこなす事業価値を上級幹部が査定して決めていたが、トップダウン式の予算配分に代わる方法として、クラウドファンディング型の手法も実験している。

こうした仕組みがあるため、個々の社員は誰かに指示されなくても複数のサークルを掛け持ちして働くことができる。
ただし、個々の役割には責任が伴うため、社員は常に責任を複数背負うことになる。

次の問題として、報酬制度の複雑さが挙げられる。
社員がさまざまな役割を担うため、その人の明確なベンチマーク(指標)や市場価値を見出すのは難しい。

ザッポスでは、上述のバッジの獲得・活用をもとにした基本報酬プランを試しているが、それでも非常に複雑だ。

採用も難しい。
新規採用者は特定の役割を満たす目的で採用されるが、すぐに新しい役割が加わるからだ。

こうした事情から、ザッポスは応募者を管理するためのソフトウェアを開発したが、それでも膨大な役割、大量の活動数を把握するのは大変な作業である。

現場の近くで行われる意思決定とリーダーシップ

自主管理型組織化の狙いは、トップダウン式の意思決定に関する形式的な手続きと書類への署名を減らす点にある。*3
従来の組織では、職務権限と上下関係が入り組んでいて、意思決定のプロセスが不透明だった。

その点、ホラクラシーでは、それぞれの役割を誰が担っているのか一目瞭然だ。意思決定プロセスも簡素化される。

ところが、こうした組織であっても、地位の格差が依然として存在することがある。かつて一定の業務を監督した経験のある元マネジャーが以前の支配力を行使しようとすることもある。
昔の上司に従うべきか、新しい制度に従うべきかで社員は悩む。

こうした問題の解決を目指して、ザッポスではホラクラシー導入以降、研修を行っているが、研修だけでこうした問題がすべて解決するわけではない。

しかし一方で、旧来型のマネジメント構造より、リーダーシップはより重要である。
チームの数が増え、組織の構成要素の数が増えるにつれ、結果としてリーダーの数も増える。

ザッポスでは、以前は150人のチームリーダーがいたが、ホラクシー導入後には500のサークルに責任をもつ300人のリード・リンクが必要になった。
それぞれのリード・リンクは、権威に頼るのではなく、自分が具体例を示すことで人々を導き、士気を高めなければならない。

会議時間の増加という問題もある。
社員が多くのサークルに所属しているため、会議時間は膨大なものになる。

この問題に対処するために、ザッポスではスラックのBOT(ビジネス用チャットアプリ)を開発し、オンラインでの議論を可能にすることで、運営会議にかける時間を短縮させた。
しかし、それでも運用会議の負担が完全に解消するわけではなく、この問題がネックになって自主管理型組織化を諦めた企業もある。

すべての社員は起業家

ザッポスでは多くの社員がMBD(マーケット・ベースト・ダイナミクス)の取り組みを実践している。*1
MBDとは、社内外の顧客との取り引きにおいて収支的に折り合いがつく限り、サークルを小さな会社とみなす考え方である。

ある社員の事例をみてみよう。
当初彼女はイベントで配ったり、社員がクライアントやベンダーに贈るための販促品の購入を担当していた。

そして、彼女はある日、閃いた。
販促品を購入するなら、中間業者を省いて直接メーカーから買えば、大幅な経費節減になる、と。

彼女は直接メーカーと交渉し、販促品をひとつずつ、直接購入することに成功した。
こうして最初の3か月だけで、彼女は会社の経費を10万ドル削減するのに成功したのだ。

彼女はさらに考えた。彼女自身が中間業者になって、メーカーから商品を購入し、他の会社に従来より安い値段で販売すればいいのではないか、と。
彼女はその計画を早速実行に移した結果、販売先の組織のコスト削減にもなり、感謝された。

商品はメーカーから直接出荷されるため、間接的な費用も手間もかからない。
この話が口コミで評判となり、規模が拡大した。
そして、ついにこれが彼女の正式な仕事として認められた。
こうして彼女は自分の仕事を作り出したのだ。

しかも、新規事業立ち上げのための費用は不要だった。
今後、もし彼女がこのビジネスをさらに拡大したいと考えて資金調達するとき、彼女は所属するサークルだけでなく、ザッポスのすべてのサークルに自分のアイディアを売り込み、「出資者」を探すことができる。

このようにして、ミニ・スタートアップやベンチャー・キャピタルが集まる「社内市場」が生まれることをザッポスは目指している。

自主管理型組織への険しい道のりと、それがもたらすポテンシャル。
ザッポスのストーリーは私たちに多くのことを問いかけているのではないだろうか。

資料一覧

  • *1
    トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)pp.234-237、pp.302-303、p.255、pp.243-247
  • *2
    Zappos INSIGHT “Holacracy and Self-Organization”
  • *3
    イーサン・バーンスタイン、ジョン・バンチ、ニコ・キャナー、マイケル・リー 著 倉田幸信 訳(2017)『ホラクシーの光と影』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー論文)pp.17-21、pp.22-27、pp.30-34
  • *4
    フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す
    次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.1559-1564

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この記事を書いた人

横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている

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