”集合知の力”を考えよう。サッカー英国代表の委員会に起業家や軍人が招集されたわけ

”集合知の力”を考えよう。サッカー英国代表の委員会に起業家や軍人が招集されたわけ

公開日:2022/09/26

2匹の若い魚が泳いでいると、たまたま向こうから泳いできた年上の魚に出会った。その魚は2匹にこう言った。
「おはよう、君たち。水の具合はどうだい?」
若い魚たちはしばらく泳ぎ続けたが、やがて顔を見合わせてこう言った。
「水って一体、何だろう?」

アメリカの作家、 デイヴィド・フォスター・ウォレンス氏が2005年にケニオン大学の卒業生に贈った有名なスピーチの冒頭部分です。*1

この話のポイントは、「最も明白で重要な現実は、しばしば最も見えにくく、語りにくいものである」ということです。

誰もが自分の視点や枠組みでものを見ていますが、自分がどのようなフィルターを通して世界を見ているかについては無自覚です。
そのような状態では自分の「盲点」は見抜けません。

それは同じ視点をもつ人たちが集まった組織でも同様です。いえ、組織の方がより多くの問題が生じるかもしれません。

本稿では、そうした「盲点」がどのような事態を引き起こすのか事例を通して把握した上で、「盲点」を小さくし、組織内で集合知を健全に機能させるための方策について考えます。

「盲点」はこんなところに潜んでいる

冒頭のスピーチの続きはこうです。*1

「大切なのは傲慢さを少しでもなくすこと。そして、自分自身と自分の確信に対して、ほんの少し批判的な意識を持つことだ」

自動的に確信してしまいがちなことの大部分は、完全に間違っていて、妄想であることを身をもって学んだからというのです。

バイアスの盲点

ウォレンス氏が述べたとおり、人は他者より自分を高く評価する傾向があるという実験結果があります。*2
アメリカ人を対象にしたインタビュー調査では、88%は安全運転に関して、自分はドライバーの上位50%以内に入っていると思い、60%は上位20%に入ると考えていました。

交通違反歴が多く、自分の不注意が原因で事故を起こして入院した経験がある人たちを対象にした別の研究でも興味深い結果が得られました。
彼らと優良ドライバーのグループを比較したところ、交通事故で入院歴のあるドライバーは、優良ドライバーと同じくらい自分の運転技術に大きな自信をもち、平均レベル以上だと思いこんでいることがわかったのです。

このように人間は、バイアスが存在することを知っていても、自分はそれとは無縁だと思いこみがちです。
冒頭のスピーチのように、人には明白なものが見えないときがあり、それは「バイアスの盲点」と呼ばれています。

しかも、たとえ個人的には頭脳明晰であっても、画一的な人たちが集まると近視眼的になり、そのような集団は容易に「クローン化」する―そう述べているのは、イギリス『タイムズ』紙の第一級コラムニストであるマシュー・サイド氏です。*3

町議会の決定を変えた視点

こんな事例があります。*3
舞台はスウェーデンの北部、カールスコーガという森の町。

スウェ―デンは雪が多く、ストックホルムの降雪日は年間170日に上ります。
カールスコーガも例外ではなく、冬にかけて住民は朝から雪かきに励むことになります。
その自治体では、何十年もの間、雪かきはまず主要幹線から始めて、歩行者専用道路や自動車道で終わるという手順で行われていました。

それは、毎日の通勤にできるかぎり支障がでないようにという、有権者の利便性を考えた町議会の判断によるものでした。

ところが、ほとんど男性で構成されていた町議会に女性が加わったことで、事態は大きく転換します。
町議会は今まで見落としていたある点に気づいたのです。
それは、通勤手段の性差でした。

例えば、男性は車で通勤することが多く、女性は公共交通機関の利用や徒歩の方が多いというデータがあり、それはスウェーデンだけでなく、アメリカの複数の都市にも当てはまる特徴です。
通勤パターンにも性差があり、男性は大抵、自宅と職場を1日1往復するのに対して、女性は、仕事の前に子どもたちを学校に送り、高齢の家族を病院に連れて行き、仕事帰りに食料品を買うためにスーパーに寄る、というものです。
こうしたパターンはヨーロッパ中でみられます。

ちなみに、日本にも大阪の都市圏の通勤パターンの性差に関する調査がありますが、その調査結果からも、通勤手段や通勤パターンには性差があることがわかっています。*4

カールスコーガ町議会はこうしたデータに目を留めました。そして、さらに別のデータにも注目します。
例えば、スウェーデン北部では、ケガによる入院患者の大半は歩行者で占められています。道が凍っていて滑りやすいため、ドライバーの3倍以上の数の歩行者が負傷しているのです。

こうした状況から、医療コストが上がり、生産性は下がります。スウェ―デンのある県では、その経済損失は一冬で3,600万スウェ―デン・クローナ(4億円超)。同県の冬季道路維持管理費の約2倍に上ります。

それは盲点でした。
カールスコーガ町議会はこれまでの政策を見直しました。
積雪量が3インチ(約8cm)の道は、車で走るよりベビーカーを押しながら歩いたり、車椅子や自転車で通ったりする方が大変だということがわかったからです。

その結果、町議会は何十年も続いた政策を変更し、ドライバーより歩行者や公共交通機関の利用者を優先し、除雪作業の順番を変えました。
それは経済的効果にもつながりました。

もちろん、元の除雪計画を立案した男性議員たちには女性をないがしろにする意図はありませんでした。彼らは自分たちの通勤手段に基づいて立案しただけ―つまり、自分たち以外の通勤パターンが頭に浮かばなかったのです。

全知全能のエコノミストはいない

もう1つ事例をみてみましょう。

予測に関する研究の権威であるジャック・ソル教授は、共同研究者とともに、経済予測を分析しました。*3
対象はエコノミストによる28,000件の経済予測。
その結果わかったのは、一部のエコノミストの予測は他のエコノミストによる予測より当たっており、その正解率は全エコノミストの平均より約5%高いというものでした。

ソル教授はさらに分析を進めます。
今度は、上位6位のエコノミストをチームと捉え、その6人の平均値を個人トップのエコノミストの予測と比較してみました。

その結果は驚くべきものでした。6人の平均の方が15%も正解率が高かったのです。
それはなぜでしょうか。

エコノミストたちが経済予測をするときには、それぞれが独自の経済モデルを利用します。経済モデルには数式などが組み込まれていますが、完璧なモデルはありません。

経済は複雑であり、工業生産指数1つをとってみても、膨大な数の会社や工場を動かすのには無数といっていいほど大勢のビジネスパーソンの意思決定をはじめとする、さまざまな不確定要素が関わっています。
その複雑なすべての要素を取り込んで、完全に正確な予測を算出できる経済モデルなどあるはずもなく、したがって全知全能のエコノミストも存在しません。

しかし、異なる経済モデルをいくつか組み合わせれば、より確かな全体像に迫ることができます。
たとえ優秀であっても1人のエコノミストでは無理なことが、多様性に富んだ複数のエコノミストが集まれば可能になり、真実に近づけるのです。

集合知はこうしてもたらされる

集合知が形成されるメカニズムをもう少し詳しくみていきましょう。

賢い個人と多様性

多様な背景や経験をもつ人々の集団は、そうでない集団に比べ、多様な視点を備えている分、盲点が小さくなるのは、先ほどみた2つの例のとおりです。

多様な人々を集めれば、その集合知は広く深くなり、人間を理解するという点では、特に効果を発揮します。*3
一方、多様性に欠ける画一的な集団は、盲点も共通しがちです。
ものの見方が似た者同士はまるで鏡に写しているかのように同調し合い、同じような傾向を強化してしまいます。
その結果、完全に間違った判断にも自信をもってしまうため非常に危険です。

もちろん、多様な人が集まったところで、その1人ひとりが間違った情報を出すこともありますし、思い違いや盲点もあるでしょう。
しかし、間違った情報はそれぞれが異なる方向を示しており、それゆえに相殺し合うのに対して、価値ある情報は「正解」という一方向に向かっているため蓄積され、その結果、驚くほど正確な予測ができるといわれています。

ただし、各メンバーにそれ相応の知識がなければ、その意見を組み合わせたところで適切な解には辿りつけません。
賢い個人が必要であるのも確かですが、同じ盲点を避け集合知を得るためには、それと同時に多様性も欠かせないのです。

なぜ門外漢が招集されたのか

「なぜこんなメンバーにするのか、意味がわからない」
「いくら成績が振るわないからといって、自転車ロードレースやラグビーや卓球の専門家からの助言などFA(イングランド・サッカー協会)には必要ない」

2016年、FAの技術諮問委員会に招集されたメンバーを見て、ジャーナリストたちはこぞって辛口のコメントを発表しました。

上述のジャーナリスト、マシュー・サイド氏(卓球で元イングランド1位)、インド系イギリス人のIT起業家、オリンピックの競技団体に資金援助などを行う政府機関「UKスポーツ」の会長、教育専門家、元ラグビーイングランド代表ヘッドコーチ、プロ自転車ロードレースチームのジェネラルマネジャー・・・。のちに、サンドハースト王立陸軍士官学校初の女性士官も加わりました。

諮問委員会の目的は、FAのCEOやテクニカルディレクター、イングランド代表監督に助言 を与えること。

サッカーのイングランド代表チームは、何十年もの間、大舞台で十分な成績を残せていませんでした。ワールドカップでも欧州選手権でも50年以上優勝なし。
特にPK戦が弱く、PK戦の末に敗退することが度重なっていました。

そうした状況を打破するために設立されたのが諮問委員会だったのです。

それにしても、専門家を差しおいて、なぜ門外漢ばかりなのだろう・・・。
招集されたサイド氏自身も訝るほどでした。

ところが、その委員会が始まってみると、そのメンバーならではの強みがいかんなく発揮されることになります。
それぞれが自身の経験と知見に基づき、さまざまな提案をしたのです。

大きな試合で負けた選手の選抜方法、食事と運動の改善のための膨大なデータの検証法、不屈な精神の鍛え方、組織に革新をもたらす秘訣、抽象的なアイディアを具現化する方法・・・。
認知的多様性に富んだグループのメンバーからは次々と独自のアイディアが提供され、他では決してできない勉強ができる場だったとサイド氏は言います。

逆にもし集められたのがサッカー界の人間ばかりだったらどうなっていたでしょう。
経歴は申し分なく、サッカーの専門知識を有り余るほどもっている人ばかりだったら?

サッカーの重鎮の知識は重なり合う部分が大きく、ものの見方や考え方の枠組みが似ています。
アドバイスを受ける監督も既に同じような知識をもっているため、互いに同調し合うばかりで、潜在的な固定観念をより強固にしてしまうのではないでしょうか。

チームで難問に挑む際にまずやるべきことは、問題をさらに精査することではなく、一歩下がって、自分たちでカバーできていないのはどの分野か、無意識のうちに「目隠し」をして盲点を作ってしまっていないのかを内省することだとサイト氏は説きます。
そのような対処ぬきでは、組織は失敗するリスクを背負うことになる・・・。

どんなに優れた人間でも、視点はかぎられています。
集合知を発揮するためには、認知的多様性をもったメンバーが欠かせないのです。

資料一覧

  • *1
    David Foster Wallace(2009)“This is Water Some thoughts,Delivered on a Significant Occasion,about Living a Compassionate Life” David Foster Wallace LIterary Trust(電子書籍版)pp.3-4、p.8、p.33、No.21
  • *2
    オリヴィエ・シボニ― 著 野中香方子 訳(2021)『賢い人がなぜ決断を誤るのか』日経BP(電子書籍版)p.75、pp.183-184
  • *3
    マシュー・サイド著 株式会社トランネット 翻訳協力(2021)『多様性の科学  画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』ディスカヴァー・トゥエンティワ(電子書籍版)pp.70-73、pp.74-75、pp.33-34、p.76、pp.52-55
  • *4
    有留順子・小方登「性差からみた大都市圏における通勤パターン―大阪大都市園を事例として―」(人文地理 第49巻 第1号 )pp.61-62
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/49/1/49_1_47/_pdf

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この記事を書いた人

横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

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