ウェルビーイング実現のカギは「自分にとって価値のあるものを背負うこと」

ウェルビーイング実現のカギは「自分にとって価値のあるものを背負うこと」

公開日:2023/1/6

かつて筆者はライター・編集業を営む友人たちに「仕事で一番喜びを感じるのはどんな時か」と尋ねたことがある。

手掛けた書籍に重版がかかった時、いい著者と仕事ができた時、自分の作った雑誌が店頭に並んでいるのを目にした時……。
答えは人それぞれだったが、自分が一番共感できたのは「原稿を書き終わってクライアントにメール送信する、その一瞬」という回答だった。

そんなの刹那的過ぎるのではと思う方もいるだろうが、すぐに次の締め切りが待っている以上、感慨に浸れる時間はそう長くない。
一つの仕事をやり終えた次の瞬間、頭を切り替えないと間に合わないーーそうやって長年追われるように働いてきたせいで、喜びは瞬間で味わうものという考えが身に染み付いてしまったのである。

むろん、業種や会社によって違いはあるだろうし、物事の感じ方とて十人十色であることは承知の上。
それでもあえて言えば、仕事や人生で常に満たされた状態を保ち続けることは、なかなかどうして難しい。

食欲や睡眠欲といった人間の本能に似て、どれほどの満足を得たところで、やがては必ず渇望に襲われる。
何か大きなことを成し遂げたり、皆から称賛を受けたり……どれほどの喜びであっても、時間が経てば人はその感動におのずと慣れてしまうのだ。

さて、ここまで書いてきた幸福、満足といったものをウェルビーイングという言葉に置き換えるならば、次のことが言えると筆者は考える。
ウェルビーイングとは、ひとたび達成したらそれで終わりというものではない。
むしろ、より満ち足りた状態に近づこうとするそのプロセスにこそ重点があり、日々の仕事の中で常に追い求めるべきものーー筆者は自身の社会人経験に照らし合わせて、そのように考えている。

では、仕事の時々において満ちたりた瞬間を味わい、その繰り返しの中で成長していくためには、何が必要か。
これまたいろいろな意見があるだろうが、自分の見立てでは「自分にとって価値のあるものを背負い、働くこと」だと確信している。
そのココロについて、以下自身の考えを述べてみたい。

安易に「足るを知る」でいいのかという問い

手っ取り早く仕事で満足を得るために、一つ方法があるにはある。
それはズバリ、「足るを知る」。
極論すれば満足のハードルを下げるということで、筆者が暮らしている中国では「知足常楽」(足るを知るは常に楽し)と言うのだが、これはもともと『老子』を出典とする言葉である。

真理を突いているのは確かとはいえ、世捨て人といった感じがしなくもなく、特に若い方にはあまりオススメしたくない。
出世を望まず、会社に何も期待せず、任された仕事だけを淡々とこなして食っていければそれで幸せ。
そういう生き方を否定はしないし、今の仕事で心が押しつぶされてしまいそうなら選択肢としてはアリだと思う。

だが、欲というのはモチベーションと表裏一体であり、さらに言えば歳をとると次第に薄くなっていく。
中には老いてなお金や権力に執着し、墓場まで持っていこうとする方もいるけれど、普通はキャリア終盤に向かうほど無欲になっていくもの。
若いうちから意識してそこを目指す必要はないというのが筆者の考えである。

満足のハードルを自分で下げ、ささやかな喜びの中で安住するのもいいけれど、働き盛りの人々にはむしろ違う方法を選び、キャリアアップとウェルビーイングを同時に追求していただきたいのだ。
そのために提起したいのが、前述の「自分にとって価値のあるものを背負うこと」。

あくまで一般論だが、およそ人というものは自分自身のためだけよりも、より大きなものを背負った時の方が頑張れるし、己が想像もしていなかった力を発揮できることがある。
分かりやすい例が、家族のため、我が子のため。
それがあるから踏ん張れるというお父さんは世の中に大勢いるはずで、そのような責任感は働く動機としては実に大きい。

また、これも個人によって違いはあるが、ある程度のプレッシャーは奮起のきっかけになる反面、楽を追いすぎると時として成長の妨げになりがちだ。
ただし、他者から押し付けられたものであったり、はたまた自分にとって全く大事であると思えないものである場合、苦しさが先行して満足を得られないばかりか、成長する前に壊れてしまうかもしれない。

それゆえに、キャリアアップを目指す人や満ち足りたワークライフを送りたいと願う若者は、自分にとって大事なものは何か、実現するためにはいかなる苦労や負荷が伴うか、そしてそれは背負う価値があるものなのかを真剣に考えていただきたいのである。

やりたいことをやればそれで幸せとは限らない

昔は話がもっと単純で、会社を背負っていればそれでよかった。
会社を背負う、つまり組織に尽くした分のリターンが大きく、よほどのことをやらかさない限り、貢献した分だけ人生の面倒をみてもらえた。

だが、終身雇用が過去のものとなって久しい今、会社への所属意識だけで金銭的にも心も満たされる人というのは、もはやそう多くはないだろう。
そこで幸福や満足を求めるならば、自分が何を満たしたいのかを把握し、そのために働く必要があるわけだ。
ここで筆者の経験を語ると、自分は社会人になる前に、本当にやりたい仕事に就くことが自己実現、ひいては幸せにつながると考えていた。

自分の場合は編集業で、簡単に言えば雑誌作りをなりわいとすることを願い、偶然にも出版社に滑り込むことができた。
だが、入った会社がまずかったのか、それとも自分の考えが甘かったのか、その間のワークライフは終わりのない苦しみの中でときおり瞬間的な満足が得られるといった類のものだった。

そうなってしまった原因は、自分が面白いと思うものではなく、とにかく金になる本を作れと徹底的に叩き込まれ、その通りに仕事をしてきたため。
しかも、上からの指導に反感を覚えつつも、商売として出版を捉えた場合、頭ごなしに否定できる考えではないと分かってくるにつけ、自分の中で葛藤が生まれてしまったのである。

本来好きだったはずのことが心底嫌いになるのは本当に苦しいことで、逃げ出したい衝動に襲われることもたびたびあった。
そうして最終的に業界から足を洗う決断を下したのだが、紆余曲折あってさまざまなご縁で今も編集やライティングの仕事を受けている。

会社の看板も、肩書きも何もなくなった、そんな自分を頼って仕事を依頼してくれる人がいる。
それは自分そのものの価値を他者から肯定してもらえた幸福感であり、会社組織の中で働き続けて得られなかった「己は誰かにとって必要な存在である」との実感が味わえた瞬間。
これが筆者にとっては無上の喜びで、ようやく自分が何によって満たされるのかを理解できたのだった。

実現できるかどうかは別として、やりたいことを自覚するのは比較的たやすい。
だが、心の底から欲しているものが何か、自分にとって何が一番大切かを認識するのは、なかなかどうして難しい。
また、「やりたいことをやる」ということを目的化して働いても、そこに必ず幸福が待っているとは限らないーーこれが十数年の遠回りを経て筆者が得た学びである。

選択肢が多い若いうちこそ考えるべき本当に欲する働き方

日何に価値を見い出すかは、もちろん人それぞれ。
ストレートに金という方だって大勢いるだろうし、家族の幸せと答える方もきっと多いことだろう。
また、仕事を通じて世の中に貢献したいとの願いを持つ方もいれば、自分だけの時間を大事にしたいと考える方も今の時代、少なくないはず。

前述の通り、筆者の考えとしては自己利益に限らずより大きな責務を担い、一定のプレッシャーの中で成長していくのが望ましいと考えている。
いずれにせよ人は自分の求めを満たすために働くのが幸福への近道であり、それが可能となる働き方や環境を選ぶべきである。

あえて「選ぶ」と書いたのは、自身のウェルビーイング実現に向けて今いる職場を変えようとしても、あなたの意見が通るとは限らないから。
端的に言えば、転職や転業も一つの手ということだ。

家族との時間を大事にしたい、自分が得意とする部署に異動させて欲しい、努力と成果が正当に評価されるよう改めるべきだ等々、一人の社員が声を挙げ、すぐさま組織が変わるほど現実は甘くない。
誰もが変えようという意識を持ち、改革のために議論と実践を積み重ねていくことはもちろん大事。

だが、目先の話としては、仕事を通じてあなたの欲するところが満たされる職場を探す方が、より合理的に違いない(内部から変えられるならそれに越したことはないが)。
若者には可能性がある、それは言い換えれば選択肢があるということだ。

自分を奮起させる何かを背負って働こう、より幸福や満足に近づける環境を選ぼうと思っても、歳を重ねると選択肢そのものが減っていく。
ぜひ世の若者諸兄におかれては、ウェルビーイング実現のために己の本当に欲するところを自問し続け、それが叶う職場かどうか、見極める力を養っていただきたい。
そしてできることならばプレッシャーをバネにして、練磨の中で大きくキャリアを伸ばして欲しいと願う次第である。

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この記事を書いた人

御堂筋 あかり

スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

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