2023年4月から月60時間超の残業代がアップ|労働基準法の変更ポイントを弁護士が解説

2023年4月から月60時間超の残業代がアップ|労働基準法の変更ポイントを弁護士が解説

公開日:2023/2/22

2023年4月1日より、月60時間を超える時間外労働について、中小事業主(中小企業)における割増賃金率が「25%以上」から「50%以上」に引き上げられます。長時間残業をする従業員がいる場合、人件費が大幅に増える可能性がある点に注意が必要です。

今回は、2023年4月から変更される月60時間超の残業代について、労働基準法の改正ポイントをまとめました。

「時間外労働」とは

「時間外労働」とは、法定労働時間を超える労働を意味します。

法定労働時間は原則として、1日当たり8時間、1週間当たり40時間です(労働基準法32条)。

(例)
・月曜から木曜まで1日当たり7時間、金曜に10時間働いた場合(計38時間)
→(金曜の)2時間分が時間外労働

・月曜から土曜まで当たり7時間働いた場合(計42時間)
→2時間分が時間外労働

ただし、以下の特例事業について常時10人未満の労働者を使用する場合、1週間当たりの法定労働時間が44時間に緩和されています(同法附則131条1項)。

(1)商業
・卸売業
・小売業
・理美容業
・倉庫業
など

(2)興業の事業
・映画の映写
・演劇
など

(3)保健衛生業
・病院
・診療所
・社会福祉施設
・浴場業
など

(4)接客娯楽業
・旅館
・飲食店
・ゴルフ場
・公園、遊園地
など

なお、会社が就業規則などで定める「定時」は「所定労働時間」であり、法定労働時間とは異なります。
所定労働時間を超えると残業代が発生しますが、法定労働時間の範囲内の部分(=法定内残業)については、割増賃金ではなく通常の賃金が支払われる点にご注意ください。

時間外労働の割増賃金率

時間外労働の割増賃金率は、原則として、通常の賃金に対して25%以上です(労働基準法37条1項)。
通常の賃金は「基礎賃金」とも呼ばれており、基本給と諸手当の合計額(残業代は除く)を、月平均所定労働時間で割って求めます。

(例)
基本給と諸手当の合計額が30万円、月平均所定労働時間が150時間の場合

→通常の賃金(基礎賃金)は2,000円/h、したがって時間外労働の割増賃金は2,500円/h以上

ただし次に述べるように、月60時間を超える時間外労働については、割増賃金率が引き上げられています。

月60時間超の時間外労働|中小事業主でも「50%以上」の割増が必要に

月60時間を超える時間外労働については、2010年4月1日以降、通常の賃金に対して50%以上の割増賃金を支払うべき旨の法改正が行われました。

同改正は、中小事業主については当面の間適用が猶予されていましたが、2023年4月1日からは猶予措置が撤廃され、一律50%以上の割増賃金の支払いが必要となります。

「中小事業主」とは

「中小事業主」とは、主たる事業の種類に応じて「資本金の額または出資の総額」「常時使用する労働者数」のいずれかの要件を満たす事業主です。

<中小事業主の要件>

業種 資本金の額または出資の総額 資本金の額または出資の総額
小売業 5,000万円以下 50人以下
サービス業 5,000万円以下 100人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
その他 3億円以下 300人以下

(例)
小売業を営む株式会社の場合

・資本金の額が5,000万円以下
→中小事業主に当たる
・常時使用する労働者数が50人以下
→中小事業主に当たる
・資本金の額が5,000万円超、かつ常時使用する労働者数が51人以上
→中小事業主に当たらない

2023年4月以降|中小事業主も一律50%以上に

2010年4月1日以降、月60時間を超える時間外労働の割増賃金は原則50%以上に引き上げられましたが、中小事業主については当面の間引き上げを適用せず、通常の賃金に対して25%以上で足りるとされていました(労働基準法附則138条)。

しかし2023年4月1日以降、中小事業主に対する猶予措置が撤廃され、月60時間を超える時間外労働については、一律50%以上の割増賃金の支払いが必要となります。

実際の残業代はどのくらい増えるのか|計算例を紹介

中小事業主に雇用される月平均所定労働時間が150時間の労働者が、1か月間に80時間の時間外労働をしたと仮定して、給与額別に残業代がどのくらい増えるのかを計算してみます。

(1)基本給+諸手当:30万円
1時間当たりの基礎賃金:2,000円
<改正前>
残業代
=2,000円×1.25×80時間
=20万円

<改正後>
残業代
=2,000円×1.25×60時間+2,000円×1.5×20時間
=21万円

<差額>
1万円

(2)基本給+諸手当:45万円
1時間当たりの基礎賃金:3,000円
<改正前>
残業代
=3,000円×1.25×80時間
=30万円

<改正後>
残業代
=3,000円×1.25×60時間+3,000円×1.5×20時間
=31万5,000円

<差額>
1万5,000円

(3)基本給+諸手当:60万円
1時間当たりの基礎賃金:4,000円
<改正前>
残業代
=4,000円×1.25×80時間
=40万円

<改正後>
残業代
=4,000円×1.25×60時間+4,000円×1.5×20時間
=42万円

<差額>
2万円

月60時間超の時間外労働に関する、残業代以外の注意点

残業代の問題以前に、月60時間を超える時間外労働は「長時間労働」というべき範疇です。

事業主の方は、従業員に月60時間を超える時間外労働をさせる場合、以下の2点に十分ご注意ください。
(1)労働基準法・36協定に抵触する場合がある
(2)労働災害のリスクが高まる

労働基準法に抵触する場合がある

労働基準法上、従業員に月60時間を超える時間外労働をさせるためには、以下の要件をすべて満たさなければなりません(労働時間の規制が適用されない従業員を除く)。
(1)時間外労働に関する労使協定(36協定)が締結されていること

(2)36協定において、通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い、臨時的に限度時間(=月45時間)を超える時間外労働をさせることができる旨が定められていること(=特別条項)

(3)特別条項で定められた時間数の範囲内であること

(4)限度時間を超えて労働させる臨時的な必要性があること
(例)
・予算業務、決算業務
・ボーナス商戦に関する繁忙業務
・クライアントへの納期が迫っている業務
・大規模なクレーム対応
・重要な事業用機械のトラブル対応

(5)労働基準法に基づく以下の上限をいずれも超えていないこと
・坑内労働など、健康上特に有害な業務については1日当たり2時間以内
・1か月間の時間外労働、休日労働の合計が100時間未満
・2か月間、3か月間、4か月間、5か月間、6か月間における時間外労働、休日労働が月平均80時間以内
・時間外労働が年720時間以内
・月45時間超の時間外労働が発生する月が、1年のうち6か月以内

月60時間を超える時間外労働が常態化している場合、労働基準法に違反する可能性が高いでしょう。
特に、「限度時間(=月45時間)を超えて労働させる臨時的な必要性」や、「月45時間超の時間外労働が発生する月が、1年のうち6か月以内」という要件は疎かになりがちなので、きちんと満たしてるかどうか再検証しましょう。

労働災害のリスクが高まる

長時間労働が常態化すれば、従業員が心身を害する可能性が高まります。

従業員が業務上の原因によって疾病に罹った場合、労働災害として取り扱われます。従業員の損害は労災保険によってカバーされますが、全額補てんされるとは限らず、不足分は事業主が賠償しなければなりません。

また、労働災害が頻発する職場は、従業員の定着率が低くなりやすいでしょう。人材確保に苦労するようになると、事業の中長期的な成長は望めません。

従業員が月60時間を超える時間外労働をしている場合、法改正による残業代の増加に加えて、従業員の健康リスクにも今一度注意を払うことをお勧めいたします。

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この記事を書いた人

阿部 由羅

ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。公式サイト→https://abeyura.com/

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