ワーケーションが普及しない理由は?デメリットや期待効果の比較を事例を通して解説
公開日:2023/04/19
コロナ禍をきっかけに働き方や働く意識が大きく変化する中、観光庁などが普及に力を入れているのが「ワーケーション」です。
2020年7月の政府の観光戦略実行推進会議で提案され、新たな観光戦略、さらには地方創生の切り札として期待されましたが、実際にはあまり普及していないのが現状です。
その要因は何なのか、課題から普及に欠かせない要素を探ります。
目次
何を重視するかで変わる実施形態
Work(仕事) と Vacation(休暇) を組み合わせた造語「ワーケーション」には、さまざまな定義がありますが、観光庁は「テレワークなどを活用し、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしつつ、自分の時間も過ごすこと」としています*1。
形態は、主に4つのタイプに分類されます。
休暇と仕事のどちらをどれくらい重視し、どのような業務を行うのかによって、ワーケーションのスタイルは大きく変わってきます(図1)。
図1 ワーケーションの形態
(出所:観光庁、第一生命経済研究所作成「新たな旅のスタイル ワーケーション&ブレジャー」)
https://www.dlri.co.jp/files/macro/172630.pdf P2
生産性向上、組織全体にも良効果、充実感もアップ
その効果について、経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)は、「生産性向上」「長期休暇取得促進」「人的ネットワークの強化」「採用力強化・リテンション」「健康増進」の5つを挙げています*2。
企業による検証でも、これらの効果が確認されています。
株式会社NTTデータ経営研究所が、社員43名を対象に3日間から1週間程度の期間で行った実証実験によると、ワーケーション期間中における「仕事のパフォーマンス(生産性)」は、20%程度向上しました(図2)。
加えて、ワーケーション施策を企画・実施した会社に対する規範的な帰属意識などが反映され*3、「組織コミットメント」も上昇傾向が見られました(図3)。
図2 仕事のパフォーマンス(生産性)
(出所:株式会社NTTデータ経営研究所「社員が自由な発想で企画・応募できるワーケーション制度を導入」)
https://www.nttdata-strategy.com/newsrelease/221118/
図3 組織コミットメント
(出所:株式会社NTTデータ経営研究所「社員が自由な発想で企画・応募できるワーケーション制度を導入」)
https://www.nttdata-strategy.com/newsrelease/221118/
また、株式会社イトーキが「瀬戸内国際芸術祭2022」の開催期間中に、直島や豊島で行った社員のワーケーション実証実験では、生産性や成長意欲がアップしただけではなく*4、主観的幸福感や心理的ストレスなどの「ウェルビーイング」指標に改善効果がみられ、その効果は4週間持続しました(図4)。
図4 ウェルビーイングへの影響
(出所:株式会社イトーキ「ワーケーション効果は4週間持続!イトーキが瀬戸内での実証実験結果を公開」)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000343.000032317.html
ワーケーションは、仕事とウェルビーイングの両面で社員にポジティブな効果があり、企業にとっても有益性をもたらす可能性が大きいことを示しています。
受け入れ地域も工夫しながらメリットを享受
さらに、山梨大学などがワーケーション経験者1000名を対象に行ったアンケート調査によると、リラックス効果や生産性向上以外にも、
「地域や施設の人たちとの交流やコミュニケーションができた」
「地域への貢献ができた」
などの回答が1割程度あり、ワーケーションによって、地域交流や地域課題解決につながる活動が生まれていることがわかります(図5)。
図5 ワーケーションの効果・感想
(出所:株式会社クロス・マーケティング、山梨大学共同調査「ワーケーションに関する調査(2021年3月)」)
https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2021/04/20210506pr.pdf P3
このような声を受け、地方自治体もワーケーション受け入れにむけた環境整備を積極的に進めています。
例えば鹿児島県長島町では、町のシンボルでもあるミカン博物館「日本マンダリンセンター」の一部を改装し、ワーケーションの受け入れに向け、テレワークの環境を整備しました*5。
また、和歌山県では、もともとあった世界遺産の熊野古道を整備する道普請のボランティアプログラムを、ワーケーション中に利用しやすいコンテンツに改良しました*6。
新たな技術の導入や活用も含めたさまざまな企業とコラボレーションすることで、持続可能な保全活動を目指しています*7。
高い効果も、低い導入率
様々な側面で高い効果が期待されるワーケーションですが、実施する企業は多くはありません。
観光庁が2021年11月に企業を対象に実施した調査によると、ワーケーションの導入率は5.3%で、前年度の3.3%から微増も、一部の企業に限られています*8。
同調査におけるテレワーク導入率は38%であることから*9、テレワーク環境が整備されていても、ワーケーションを実施していない企業が大半であることがわかります。
実態と制度のズレが背景に
高い効果が期待される中、なぜワーケーションの導入は進まないのでしょうか。
観光庁が企業を対象に、ワーケーションを導入していない理由を尋ねた調査によれば、「業務としてワーケーションが向いていない」が最も多く約6割に上りました。
加えて情報セキュリティに対する懸念、仕事と休暇の区切りの難しさや労務管理上の課題を指摘する回答が上位を占めました(図6)。
導入を検討していても、ルール整備の観点でハードルが高く、大きな課題になっていることがわかります。
また、「ワーケーションの効果を感じにない」という回答も16.3%あり、ワーケーションに関する認識不足も要因の1つになっています。
図6 ワーケーションを導入しない理由
(出所:観光庁、第一生命研究所作成「今年度事業の結果報告」)
https://www.dlri.co.jp/files/ld/193941.pdf P4
普及のカギは「新たな働き方のルール整備」「情報と機会の提供」と「テレワークの継続」
こうした課題を受けて、「時代にあった働き方のルールづくり」が進んでいます。
経団連は2022年7月、「企業向けワーケーション導入ガイド」を公表しました。
ワーケーションを実施しやすい労働管理等のルールづくりの参考になるよう、ワーケーションの目的や定義、服務規程や労働時間についての考え方などを示しています。
また、厚生労働省は2023年3月、新たな時代にふさわしい労働政策や制度の在り方について検討するため、有識者による研究会の初会合を開催しました*10。
継続して議論を行い、2024年に予定されている働き方改革関連法の見直しにも反映させたい考えです*11。
では、「ワーケーションの効果を感じない」という課題には、どう向き合えばよいでしょうか。
NTTデータ経営研究所などが実施した「地方移住とワーケーションに関する意識調査」によると、ワーケーションの知識がある人はワーケーションに関してポジティブな印象を持ち、ネガティブ印象はより低いことが示されています(図7)。
つまり、ワーケーションに関する知識を正しく提供することで、ワーケーションに関する偏った印象評価を是正できる可能性があるのです。
図7 知識の有無によるワーケーション印象評価の差異
(出所:株式会社NTTデータ経営研究所、NTTコムオンライン・マーケティング・ソリューション共同研究 「地方移住とワーケーションに関する意識調査」)
https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/ncom-survay/211206/
さらに、ワーケーション未経験者は、リラックスやリフレッシュなど気分転換要素への期待が高い一方で、経験者は、業務効率や仕事の質の向上、スキルアップ等への期待が高くなる傾向にあることがわかっています*12。
効果を実感するワーケーションの機会をいかに創出し、経験者を増やしていくかが、普及と事業の継続に不可欠と言えます。
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、働き方の選択肢が広がりました。
今、感染が収束に向かう中で人々の移動が活発化してきていることは、ワーケーションにとっては追い風です。
一方で、テレワークの実施率は減少傾向にあります*13。
ワーケーションはテレワークが前提であるため、テレワークができなければワーケーションの普及はありません。
日本の企業は、社員は、社会は、どのような働き方を選択していくのか、
ワーケーションが普及するか否かが、まさにその試金石になりそうです。
資料一覧
- *1 観光庁 「『新たな旅のスタイル』ワーケーション&ブレジャー」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/ - *2、*6 一般社団法人 日本経済団体連合会「企業向けワーケーション導入ガイド」
https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/069_guide.pdf P10、P14 - *3 出所)株式会社NTTデータ経営研究所「社員が自由な発想で企画・応募できるワーケーション制度を導入」
https://www.nttdata-strategy.com/newsrelease/221118/ - *4 出所)株式会社イトーキ「ワーケーション効果は4週間持続!イトーキが瀬戸内での実証実験結果を公開」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000343.000032317.html - *5 出所)南日本新聞 「仕事と休暇だけじゃない・・・長島の「ワーケーション」は絶景まで楽しめる お腹満たすツアーも企画」
- *7 出所)プレジデントオンライン 「世界遺産を修復する「道普請」を通じ"持続可能性"の本質を体感できる」
https://president.jp/articles/-/55459 - *8、*9、*12 出所)観光庁 「今年度事業の報告」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001477419.pdf P4、P5、P15 - *10 出所)厚生労働省 「新しい時代の働き方に関する研究会 第1回資料」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31963.html - *11 出所)NHK WEBニュース「コロナ禍でテレワーク普及 新時代の労働政策など議論 初会合」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230320/k10014014221000.html - *13 出所)公益財団法人 日本生産性本部「第 12 回 働く人の意識に関する調査」
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/12th_workers_report.pdf P15
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この記事を書いた人
Mari.
企業広報、ライター。
国内外の田舎をのんびり歩き、風景の写真を撮影するのが好きな2児の母。
元NHK記者。ロンドン大学UCL「社会開発計画」修士課程修了。
大分県中津市出身。