京都名物「鴨川等間隔の法則」から考える カフェなどでテレワークをする時に快適な他人との距離は?
公開日:2023/06/07
在宅やリモートワークが定着し、自宅だけでなく外のカフェなどで仕事をすることがある方もいらっしゃることでしょう。
しかし、カフェに入った時、席選びに迷う方は多いのではないでしょうか。やはり他人とはある程度の距離を取りたいからです。
それでも、カフェが混んでいたら・・・?
では、人は他人との距離の近さをどこまで許容できるのか?
京都名物の「鴨川等間隔の法則」についての研究などをもとにご紹介したいと思います。
「鴨川等間隔の法則」とは?
京都市を流れる鴨川は、市民の憩いの場です。
その中でも、特に四条大橋近辺の河原はカップルが多く集まる場所です。
しかしどういうわけか、それぞれのカップルが「等間隔」に腰を降ろしている。その様子が「鴨川等間隔の法則」と市民から呼ばれているのです。京都の名物でもあります。
筆者も京都に住んでいた時期がありますから、懐かしい光景でもあります。
確かに、他人と適度な距離を取りたければ、他人同士の中間の場所に座りたくなる気持ちは皆さんも分かることでしょう。カフェなどでもそうではないでしょうか。電車でもそうした風景が見られます。
では、混雑している時に、カップルたちは他人とどこまでの距離があればくつろごうと思い、どこまで距離が狭ければ諦めるのでしょうか?
これについて研究した論文があります。
カップルどうしの最短距離は?
論文は昭和62年に、日本建築学会で森田孝夫氏が発表したものです。
調査は、鴨川にかかる三条大橋から四条大橋の間を3区間に区切って実施されています(図1)。
図1 調査範囲
(出所:森田孝夫「京都・鴨川河川敷に坐る人々の空間占有に関する研究」 昭和52年10月 日本建築学会講演梗概集 p745)*1
集まるカップルの数は時間帯によって異なります。それを午後4時から午後10時までの間で観察し続けた結果、混雑具合は午後4時よりも10時のほうが高くなっています。この論文では混雑具合を「綿密度(河川敷1メートルあたりの座っている人数)」として表現しています(図2)。
図2 三条大橋から四条大橋にかけての綿密度分布
(出所:森田孝夫「京都・鴨川河川敷に坐る人々の空間占有に関する研究」昭和52年10月 日本建築学会講演梗概集 p745)
午後10時のほうが圧倒的に多いことがわかります。ゆったりとした夕食後の休憩でしょうか。
そして時間ごとに人数とカップルどうしの距離を見ると、このようになっていたといいます*1。
・午後4時(座る人数63人):5.5~7メートルが多い。
・午後5時(座る人数143人):4~4.5メートルと6.5~7.5メートルが多い。
・午後6時(座る人数179人):距離が小さくなり3~4メートルが多い。
・午後7時(座る人数231人):限界距離に近い0.5~2メートルが多い。
午後10時までのカップル同士の接近距離を図にすると、下のようになっていました(図3)。
図3 時間ごとのカップル同士の距離
(出所:森田孝夫「京都・鴨川河川敷に坐る人々の空間占有に関する研究」昭和52年10月 日本建築学会講演梗概集 p746)
そして、森田氏は混み合いのピーク時の平均接近距離は「1.2メートル」という結論を出しています。なお、最も接近距離が近かった区間では0.7メートルという結果も出ていますが、これは宵山のお祭りによってプライバシーを気にしなくなった心理状態から生まれた距離だと論文は結論づけています*2。
集中できる他人との距離は1.2メートル?
上の調査結果をカフェなどでの仕事に当てはめれば、心地よく仕事ができる他人との距離は平均で1.2メートル、お祭りの日のような「頑張るぞ」といういつもより高い気持ちでいる時は0.7メートルまでなら許容できる、ということかもしれません。
「パーソナルスペース」に関する研究
さて、「パーソナルスペース」というものが誰にでもあります。
自分からある一定の空間より近くに他人に入り込まれると落ち着かない距離のことです。
この「パーソナルスペース」については、大学生を対象にしたこのような研究結果もあります。
実験では、大学構内の広い場所で「広場の中ほどに立っている目標の人物(男・女)に向かって、真っすぐ接近して行き、それ以上近づきたくないと思った位置で立ち止まって下さい」というものです。これを前後左右4方向から実施しました。
すると、立ち止まった位置の目標人物からの距離は下のようになったといいます(図4)。
図4 接近実験でのパーソナルスペースの平均値*3
(出所:渋谷昌三「パーソナル・スペースの形態に関する一考察」山梨医大紀要第2巻,41-49(1985) p44)
ここでは、「知らない相手への接近距離」に注目してみましょう。
同性への接近は、前方からの接近では男性の場合124.0センチ、女性の場合は117.7センチとなっています。異性への接近はそれよりも距離が開き、前方からの接近では男性の場合168.0センチ、女性の場合147.7センチとなっています。
そして左右からの接近での知らない相手への接近距離を見てみましょう。
同性への接近は、右からの距離では男性の場合105.0センチ、女性の場合104.1センチとなっています。異性への右からの接近は男性の場合107.0センチ、女性の場合は134.5センチという結果です。
なんとなく、先ほど紹介した鴨川でのカップル同士の距離感に似ています。他人との快適な最短距離は1.2メートルというのは大外れでもないのです。
前方に広い距離を求める傾向
また、この研究の他の実験にはこのようなものがあります。
B5判大の白紙の中央に真上から見た人の頭部を描き、これを中心とした4方向の座標軸(距離の目盛がついている)を記入した質問紙を作成し、学生に渡しました。
そして「図に描いてある人物像をあなた自身と見なして、あなたが日頃持っていると感じている空間の大きさを各方向について描いて下さい」と指示しています。
すると、感覚的なパーソナルスペースについて下のような結果が出ています(図5)。
図5 感覚的なパーソナルスペースの大きさ*3
(出所:渋谷昌三「パーソナル・スペースの形態に関する一考察」山梨医大紀要第2巻,41-49(1985) p43)
この図を見てわかるのは、人は全体的に「前方」に対し、後方よりも2倍以上広いパーソナルスペースを感じているということです。よって、他人と向かい合わせでの位置関係のほうが、同じ距離があってもより窮屈に感じてしまうことでしょう。
少しでも快適な環境を選ぼう
ここまで「空間」について2つの研究論文についてご紹介してきました。
在宅などリモートワークの人は、時に外のカフェやシェアオフィスなどで仕事をすることもあるかと思います。その際はなるべく快適でいるために、他人との距離をうまく保ちたいものです。
もちろん、混み合った場所では他人と1.2メートルの距離を取るのは難しいことでしょう。ただ、そのような場合でも前後左右でパーソナルスペースの認識は違うことを意識してみると、少しでも快適さを求めることができるかもしれません。
資料一覧
- *1、2 森田孝夫「京都・鴨川河川敷に坐る人々の空間占有に関する研究」昭和52年10月 日本建築学会講演梗概集 p746
- *3 渋谷昌三「パーソナル・スペースの形態に関する一考察」山梨医大紀要第2巻,41-49(1985)
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この記事を書いた人
清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。