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連絡はFAX、PCは20年前…
アナログ家業を変えた若女将の新発想

連絡はFAX、PCは20年前…アナログ家業を変えた若女将の新発想

山本 奈朱香(フリーランス記者)静かなたたずまいの京町家に入ると、色とりどりの扇子が並びます。京都市の中心部にある大西常商店(京都市下京区)は、今年で創業110年。大正時代から、職人たちが手作りする扇子をこつこつと売ってきました。でも、最近は次々と新たな商品開発に乗り出しています。扇子の骨を使ったルームフレグランス「かざ」もそのひとつ。扇子の受注が減って苦しかったコロナ禍では、かざが経営を引っ張ってくれました。新しい商品を生み出すだけでなく、経営のIT化も急ピッチで進めています。手がけるのは、家業を継ごうと2016年に入社した大西里枝さん。SNSでも商品や町家について積極的に発信していて、ツイッターのフォロワーは1万人以上。家業のあまりのアナログっぷりに驚いた2016年が始まりでした。(第2回/全3回)

目次

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大西常商店社長 大西里枝

実家のパソコン「イルカいるやん」

「扇風機やクーラーがあるのに、誰が扇子を買うてくれはるんやろ」――。
幼心にそんなふうに感じていた大西さんは家業である扇子屋を継ぐことなく、大学卒業後はNTT西日本に入ります。赴任先の熊本や福岡では、地域の中小企業相手にインターネット回線、フレッツ光の営業をしていました。4年ほど勤めた後の2016年に家業に入った大西さんにとって、当時の大西常商店のIT環境は驚きの連続でした。

使っていた販売管理ソフトは、20年ほど前のもの。「エクセルの表を見て電卓で計算していた、みたいな感じでした」(大西さん)。
データはファクスでやり取りしていて、PDFも見られません。扇子に絵をつける職人さんが「ここは赤色で」と書き込んでくれていても、どんな赤色なのかがわからない。結局は原本を郵便で送るしかありません。

店先には、長く大切に使ってきた道具が並ぶ
店先には、長く大切に使ってきた道具が並ぶ

当時使われていたパソコンは1997年製。開くと懐かしの「イルカ」が現れました。Microsoft Officeを立ち上げると「何について調べますか?」と尋ねて助けようとしてくれるキャラクターですが、2016年当時のパソコンでもすでに見ることはありませんでした。「イルカいるやん。めっちゃ泳いでるやん、っていう感じでしたね」

インターネットにもつながっておらず、父親で社長の久雄さんから「つながってないから(セキュリティーは)安心や、っていう謎の理論を持ち出されて」と笑います。在庫状況は、久雄さんしか把握していない状態。当時のことについて久雄さんも「変えないかんな」とは思っていたそうですが、手をつけられていませんでした。

大西常商店の社長、大西久雄さん
大西常商店の社長、大西久雄さん

在庫管理はスマホアプリで効率化

「こんなにアナログだとは思っていなかった」と驚いた大西さんですが、すぐに動こうとしました。とはいえ、経理などは大会社勤めのときも担当したことがなく、どの会計ソフトを使えばいいのか、在庫管理はどうすればいいのか、さっぱりわかりませんでした。
頼ったのが、商工会議所と「アトツギファースト」というオンラインコミュニティーでした。アトツギファーストは39歳以下の中小企業の後継者を支援する一般社団法人が運営しています。

大西さんはセミナーや情報交換の場に出かけていっては、「どういうソフトが良いですか」「導入しようと思っているのですが、どういうメリットがありますか」と疑問をぶつけました。そこでは「自分も昔はそうだったから」と快く相談にのってくれる人が多く、助けられたそうです。
在庫管理はスマートフォンのアプリ「zaico」でできるようにしました。すべての扇子を写真に撮る作業が必要で、導入当初は大変でした。でも、その後はスマホをバーコードにかざすだけで在庫状況がわかるようになったことで、大幅な効率化がはかれました。

スマホで商品の在庫状況を確認できるように
スマホで商品の在庫状況を確認できるように

仕入れ先とのやり取りも、可能な限り、ファクスからメールに変えてもらいました。

大西 「ずっと(昔ながらの)やり取りをしてきたから、うち(大西常商店)がデジタルができると思われてないし、向こうができるのかもわからない。そこのすり合わせから始めました」

ただ、職人には高齢の方も多く、新しいやり方を無理強いできません。仕入れ先によってはいまもファクスでやり取りするなど、臨機応変に対応しています。手形取引をしていた取引先にもお願いして、徐々に現金取引に変えています。

ホームページも作りました。店の歴史や商品への思い、扇子の使い方や保管方法、アフターメンテナンスについても丁寧に紹介しています。オンラインストアも作り、扇子だけでなく大西さんが開発した新商品のルームフレグランス「かざ」も購入できるようにしました。

ルームフレグランス「かざ」
ルームフレグランス「かざ」

いまのところ、大手の総合ショッピングサイトでの販売はしていません。様々なサイトで売ることで作業が煩雑になったり、価格競争になったりする不安もありますが、自社サイトで「うちの商品をじっくりと見て買ってもらえたら」との思いもあります。
ホテルから大口の注文が入るなど、自社サイトだけで月に100万円以上の売り上げがある時もあるそうです。

クラファン「まずは知ってもらいたい」

さらに、大西さんはクラウドファンディングも積極的に活用しています。初めて使ったのは入社直後でした。当時、店舗がある町家の1階の大部分を作業場が占めていました。この作業場を2階に移し、一般客が町家を見学したり、節句などの伝統行事を体験したりできるようにしたいと考えました。

クラファン「まずは知ってもらいたい」

資金を募るという目的よりも、なにより「まずは知ってもらって、ファンを増やしたい」との思いが強くありました。もし支援が集まらなかったとしても「市場にどう捉えられるのか、どれぐらい生産すればいいのか」を知る指標にはなるはず。失うものはありません。
支援の呼びかけ文は、こんなふうにつづりました。

「私たちが、ご先祖さんから受け取ったこの空間を、今度はたくさんの人たちとシェアしたいのです」「日本の、京都のくらしの文化を、100年先の未来に繋ぐためのお力添えを、どうぞよろしくお願いします!」

目標額40万円に対して、集まった支援金は120万円以上。支援へのお礼の文章では、「2222年2月22日に、もう一度、改修工事を行う」と宣言しました。

もちろん、その頃、大西さんはこの世にいません。でも、200年後に改修工事をする人たちが、土壁に埋め込んだ支援者の名前を見て「2世紀前に、こんなにもたくさんの人がこの家を助けてくれたんだ」と感じてくれるのではないか――。そんな未来を想像しながら「末長いお付き合いを賜れば幸いです」と書きました。

クラファン「まずは知ってもらいたい」

その後、ルームフレグランス「かざ」、アロマフレグランスとして次に開発した扇子「うつし香」の販売時にもそれぞれクラウドファンディングを立ち上げ、いずれも目標額を大きく上回る支援が集まりました。

実は、大西常商店のような小さな会社にとっては、たとえクラウドファンディングが成功したとしてもお客さんへの対応や返礼品の発送作業などの負担が大きいといいます。それでも、「全力で応援します!」「町家保存のために頑張ってください」などの支援者からのメッセージを読み、「うれしかったし、ありがたかったです。いただいた応援の気持ちを裏切らないように精進しないといけないな、と思っていました」。

改装作業中の店内で
改装作業中の店内で

ツイッターに「なんでも入るんよ、着物」

大西さんはSNSでの発信にも力を入れています。インスタグラムでは、京都らしい日常のあれこれをしっとりと美しい写真とともに紹介しています。ある日のインスタグラムで紹介したのは、大西常商店の町家にあるお茶室。
「むしっとした空気の曇り空。朝いちばんにお茶室の空気を入れ替えます」

ツイッターでは一転、くだけた様子のつぶやきが多くなります。今年の3月10日にはひな祭りのおひな様をしまう際、人形の顔を傷つけたりしないよう和紙をまいている写真とともに「一体ずつコレやるん...?マジ...?」と投稿。
2022年9月には、「なんでも入るんよ、着物」という短い投稿に約8万7千の「いいね」がつきました。

X(旧Twitterリンク)
https://x.com/RieOhnishi/status/1570213317444272130?s=20
大西さんの2022年9月15日の投稿(Twitterから)

大西さんは、ほぼ毎日着物で過ごしています。最初は仕事着として着るつもりでしたが、「あると洋服に逃げてしまうから」と、入社と同時期にほとんどの洋服を処分しました。

日常的に着物を着るようになると、着物にはいろいろなものを入れられると気づきました。帯の部分には鍵やスマホなど大事なものを入れておけば、落としたりなくしたりする心配がありません。そでの部分には、不要なものをさっとしまえます。

約8万7千の「いいね」がついたツイッターには手書きの着物の絵を添え、えりの部分には「領収書」「名刺」、そでの部分には「ゴミ」と書きました。すると、次々にコメントが寄せられました。
「手品師は、着物なら何でも出せそうですね」とのコメントに大西さんは「鳩出せるまでがんばります!」。「ゴミの使用頻度高そう・・」には「一番使うとこです!」と軽妙に答えました。

ツイッターに「なんでも入るんよ、着物」

ツイッターのフォロワーは1万人以上。思わぬ反響の大きさに戸惑うこともありますが、投稿する前に一晩寝かせたり、夫の意見を聞いたりして、SNSとうまく付き合うコツを探っているそうです。

感性を磨くこと、大切に

2023年は、着物店のサイトで大西さんの暮らしに密着する年間連載も展開されています。新年早々には「おくどさん」(かまど)で火をおこし、薪で七草粥を炊く様子。5月の端午の節句では大西さんが力強く菖蒲打ちをする様子などが紹介されました。

大西さんが、ここまで「伝える」ことにこだわるのには理由があります。
京扇子は、京都の風習や暮らしの中で生まれ、根付いてきたもの。だからこそ、商品を作って売ることだけでなく、京都の風習や暮らしも知ってもらいたい。その中で、自分たちの事業に生かせるものが新たに見えてくるのでは――。そんなふうに思っているそうです。

感性を磨くこと、大切に

お客さんとのやり取りからルームフレグランス「かざ」が生まれたように、直接声を聞くことも大事にしています。ただ、その声にきちんと反応するためにも、自分の感性を磨くことが大切だと考えています。

大西 「扇子を見ていても、扇子のデザインは浮かばない。展覧会や家具屋さん、雑貨屋さんなどに足を運び、おもしろい人に会いに行き、新聞を読む。源氏物語で読んだ打ち掛けの色から扇子のヒントを得ることもあります」
そうやって、アンテナを張り巡らせることが次のアイデアにつながっていきます。

近所を歩いていると、年配の女性から「かわいいおべべ着て」と声をかけられた
近所を歩いていると、年配の女性から「かわいいおべべ着て」と声をかけられた

この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております。
取材・文:山本奈朱香
撮影:松村シナ
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:中村信義

京扇子屋が送る 伝統工芸の新しい風と香り(全3回)

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