日本の製造業を支える化学プラント。その現場には、運転品質のばらつきや技能伝承の難しさといった課題がある。その解決をめざし開発されたのが、運転員の操作を学習したAIによりプラントの自動運転を可能とする「オートパイロット」だ。実用性評価試験で良好な結果を得て、2023年2月に提供開始する。NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)のスマートワールドビジネス部 スマートファクトリー推進室では、この技術を化学工場のみならず、幅広い産業分野にも展開していく考えだ。従来は自動化が難しかった複雑な工程の自動化により、さまざまな現場の課題解決が期待される。
運転品質のばらつきと技能伝承の難しさという課題
自動車や電機などの多様な分野に素材を供給する化学工業は、日本の製造業を力強く下支えしている。業界全体の出荷額は約2000億ドルで、世界的には、中国、米国、ドイツに次ぐ4位に位置する。
日本の強みは、高付加価値・高機能製品にある。液晶ディスプレイや半導体封止材料、シリコンウェアなど、日本の化学メーカーが圧倒的な世界シェアを占める材料も少なくない。一方、海外の大手メーカーは、規模が競争力に直結する汎用品を得意としている。スマートファクトリー推進室の田原剛室長は、1月30日のメディア向け説明会の中で、国内メーカーが高付加価値・高機能製品に活路を見いだす背景についてこう説明した。
「海外メーカーが安価な原材料、大規模設備を活用して大量生産する汎用品は、国内にも輸入されています。こうした背景もあり、国内メーカーはより高い付加価値を持つ高機能製品を、市場ニーズに合わせて変種変量生産せざるを得ない状況にあります」
汎用品と比べて、高機能製品の生産では複雑なオペレーションが必要となる。そのため、熟練の技術により手動で運転せざるをえない工程が多い。手動運転の課題は大きく2つ、運転品質のばらつきと技能伝承の難しさだ。
「24時間稼働する工場などでは、人による運転パターンの違いにより運転品質にばらつきが生じやすい。それが原材料や燃料のムダにつながる場合があります。また、少子高齢化に伴い、工場現場でも労働力確保が課題になっています。長年の経験に基づく勘所や判断力、熟練の技といったノウハウの継承には、一定期間のOJTが必要ですが、そうした取り組みが次第に難しくなっています。加えて、海外に工場を展開する際の、運転員の確保や育成も課題と言えるでしょう」(田原室長)
こうした課題の解決に向け、新たに生まれたのが「オートパイロット」である。
プラントの自動運転を実現するオートパイロット
運転員の操作を学習したAIによりプラントの自動運転を実現するオートパイロットは、横河ソリューションサービスとNTT Comの共創により開発された。両社のコラボレーションは2017年にスタート。2022年4月には「AIプラント運転支援ソリューション」による「ガイダンス機能」の提供を開始した。
今回発表されたオートパイロットは、このガイダンス機能とは大きく異なる。イノベーションセンター テクノロジー部門の伊藤浩二担当部長はこう説明する。
「さまざまなセンサーから取得した温度や圧力などのデータ、運転員の過去の操作履歴を基に、『こうしてはどうですか』と提案するのがガイダンス機能です。いわば、カーナビのような機能。これに対して、オートパイロットはプラントの運転を自動化することができる。いずれも自動再学習により環境変化に適応しますが、運転自動化ができるかどうかは大きな違いです」
特長は3つある。①従来は難しかった場所での自動運転が可能(そのために必要なのは運転データと操作履歴である)。また、②高い安全性と継続性を実現し、③自動再学習による状況変化に適応することができる。変化し続ける工場内の環境・状況に対応して、操作を微調整しながら自動運転を実行する。
人とAIの協働によって実現する、この日本初のオートパイロットでは、高度な技能を持つ運転員が「教師」としてAIに状況に応じた模範的な操作を示し、これをAIが学習する、というサイクルが繰り返される。AIにとって未経験の状況になったときは、直ちに実行を停止して運転員の操作に委ねる。この操作を学ぶことで、AIの経験値は高まっていく。
「工場において、安全性・信頼性は最も重要です。そこで、オートパイロットはフェールセーフ*の考え方に基づいて設計されました。どこまでAIに任せるか、動作保証範囲を工場の担当者と共に綿密に検討した上で設定しています」(伊藤担当部長)
状況変化への対応は重要なポイントの1つだ。季節変化や設備の経年劣化、生産量の変更、定期的なメンテナンスなど、工場の生産環境はさまざまな要因による影響を受けている。オートパイロットのAIはこうした状況について、自動再学習を毎分繰り返し、過去の類似ケースを検索・参照して、変化する状況に自動適応する。こうして、高い継続性を確保することができる。
人への説明を可能にする機能も備えている。特定の操作の根拠となるデータを提示。例えば、「30分前に、このパラメータが上昇/下降したため」という具合である。結果だけを示すAIとは異なり、運転員の納得を得やすい仕組みといえるだろう。
*フェールセーフ:部品の故障、操作ミス、誤作動などが発生した場合、安全な状態に移行する仕組みにすること
今後期待される、幅広い産業分野への展開
オートパイロットの事業化に先立ち、2022年12月に実用性評価実験が行われた。実施場所はJNC石油化学の市原製造所である。
「実験で評価したのは2点。運転中に得られる指標値と目標値の差の平均、運転中の安定度合い(指標値のばらつき)です。運転員操作時、自動運転時について2つの値を計測しました。いずれの数値においても、自動運転は運転員による操作よりも良好な結果を得ることができました。AIが運転員の技能に優るとは考えていませんが、AIの強みは高頻度に操作できること。人の場合、さまざまなデータを見て毎分操作することは難しいですからね」(伊藤担当部長)
オートパイロットは運転品質のばらつきと技能伝承という課題の解決につながるだけでなく、コスト削減の効果も見込める。
「化学工場では複数の工程が連続してつながっています。前工程が不安定になれば、後工程に影響を与えて品質のばらつきの原因にもなります。こうした事態を避けるためには、燃料を余計に投入するなどの対応が必要。オートパイロットによって安定的な運転ができれば、燃料費などの削減も見込めます」(伊藤担当部長)。燃料の節約は、CO2排出量の削減に直結する。
NTT Comは横河ソリューションサービスとともに、2023年2月からオートパイロットの提供を開始。化学工程での活用を中心に、まずは6社への導入をめざす計画だ。さらに、化学工場だけでなく幅広い産業分野への展開も図っていく。
例えば、農業は化学工場と類似の課題を抱えている。品種によって栽培方法が異なり、高度な技能が求められる。天候や生育状況といった状況変化に対応する作業が必要で、属人性が高く品質のばらつきが生じやすい。特に、ハウスや植物工場などでは、オートパイロットが課題解決に役立つはずだ。
「漁業における陸上養殖、酒類の醸造などのプロセスにも適用できるでしょう。あるいは、手動制御が多く残っている下水道処理なども。一般化していえば、対象となるプロセスが複雑でモデル化が困難な分野、操作してから結果が出るまでの時間が長い分野などへの適用が有望と考えています」と、伊藤担当部長は今後の展開に期待を寄せた。
他分野への展開の場合は、各業界のリーディングカンパニーと手を組み実現をめざしていく。AIの適用可能性は、化学プラントの場合、毎分データ、1カ月程度のデータを使って評価できるという。
日本は2024年に50歳以上の人口が5割を超えると言われ、事業における“人”の重要性はますます高まっていく。海外からの安価な製品の流入、労働力不足、なかなか進まない技術継承など、冒頭で触れた化学工業の課題は、日本の多くの産業に共通するものだ。最近は、資源価格の高騰も目立つ。こうした課題に向き合い、高付加価値なものづくりの体質を維持・強化するために、オートパイロットにできることは多い。今後、さまざまな産業現場の知恵との融合を通じて、オートパイロットは進化を続けていくだろう。