NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)は、自社で運営するコンタクトセンターにおいて、国内でも注目が集まるプロセスマイニング・タスクマイニング技術の効果を検証するPoCを実施した。ここで得られたのが、1チケットあたりの平均解決時間16%短縮と、1次解決率13%増加という成果だ。どのような施策でこうした成果が得られたのか、さらには、プロセスマイニング・タスクマイニング技術の今後の可能性について、PoC関係者に話を聞いた。
国内での浸透が見込まれるプロセスマイニング、タスクマイニング
労働人口の減少や、働き方改革法改正などが進む中、企業にとって業務効率化や省人化による生産性向上、コスト削減などは喫緊の課題だ。対策として広がるのが、RPAやチャットボットの導入などだが、より効果的な改善には、業務プロセス自体を見直すことも必要となる。これを可能にするのがプロセスマイニングやタスクマイニングの技術だ。
海外では、製造業のサプライチェーンのコスト最適化、金融業では逸脱プロセスを可視化することによるガバナンス強化など、バックオフィスからフロント業務までさまざまな活用が進む。
PoCの舞台となったのは、ソリューションサービス部が運営するコンタクトセンター。約40あるNTT Comのサービスの一元窓口として、多言語、24時間、365日対応を強みとするが、顧客満足度をさらに向上させるための改善活動を継続的に実施している。ソリューションサービス部の寺井さんは説明する。
「ヘルプデスク業務は、お問い合わせに対して、いかに早く的確な回答をするかが求められます。一つ一つの対応時間を短縮するため、案件やオペレーターごとの作業時間や対応内容を把握し改善に結び付けたいと考えていました」(寺井さん)
一方、NTT Com社内でDX推進を担うデジタル改革推進部では、プロセスマイニング、タスクマイニングの技術を使った検証事例を増やしたいと考えていた。
「私たちはさまざまなDX化に取り組んでいますが、RPAを活用するにしても、人間の作業のどこがボトルネックになっているのかを可視化しなければ、ツールの活用ポイントが見えません。その可視化手段として、プロセスマイニングの導入事例を増やし、ノウハウを蓄積したいと考えていました」(須賀さん)
もう一つ、プロセスマイニング技術に関心を寄せていたのがソリューションサービス部 ICTイノベーション部門の村木さんだ。
「プロセスマイニングは、海外ではすでに活用事例が出てきていますが、日本では2022年夏頃からイベントの1テーマとしてようやく出てきた程度。まだまだこれから浸透していく技術です。私は、次世代技術のビジネス化につなげたいと注目していました」(村木さん)
そんな折、コールセンターの課題感、デジタル改革推進部とICTイノベーション部門の関心というニーズが重なり合い、半年間のPoCが行われることとなった。
業務プロセス図でフローを可視化 平均対応時間を5分(16%)短縮
PoCは2022年10月から2023年3月までの半年間を3ヶ月×2フェーズで区切り、アプローチを変えて実施した。
第1フェーズ(2022年10~12月)は、コールセンターが持つ膨大なデータの可視化からスタート。プロセスを可視化し、ボトルネックを見つけ、平均チケット解決時間の短縮に向けた施策の策定をテーマとした。
プロセスマイニングツールを使うと、上のような業務プロセス図を作成できる。まず見えてきたのは、電話対応と比較したときのメール対応量の多さだ。そこで、メール対応に関する施策を集中的に行うことにした。
次に、メール対応のうち、案件別にかかる時間を深掘りし、2次ベンダーへの技術問い合わせの効率化をめざすことを決定。そのための取り組みとして、2つの施策を実施した。
①ベンダーへのヒアリングシート整備
②FAQ拡充
その結果、施策実施前後の11月~1月の間で、平均チケット解決時間を5分間(16%)短縮することに成功した。この結果に、PoC関係者は大きな手ごたえを得た。
業務プロセス図の変化を確認 一次解決率13%向上
第2フェーズ(2023年1~3月)は、PoC以前から実施していた施策の効果を、プロセスマイニング、タスクマイニングを用いて検証した。
分析対象は「一次解決率向上に向けた施策の有効性確認」。お客さまからの問い合わせに対し、2次ベンダーへのエスカレーションを挟まずに解決することが最も時間短縮につながる。そこで、コールセンターでは、「トークスクリプトの展開」と「FAQ拡充」に取り組んでいたという。
2つの施策の効果を分析すると、施策前後で変化が生まれていた。電話対応に絞って業務プロセス図を作成すると、トークスクリプトを展開したことで、電話対応のプロセスがシンプル化したチケットが増えていた(上図)。しかも、一次解決率は80%から93%まで上昇した。
一方で、FAQ拡充の効果を検証するため、オペレーター個人のPCログをタスクマイニングで分析したところ、有効性が確認できなかった。同時に、「新人については比較的FAQの利用率が高い」という示唆も見いだせた。
寺井さんは今後のコールセンターでの施策展開についてこう話す。
「コールセンターの運用を改善する際、データで現状を可視化できれば、改善ポイントを特定し対策を検討できます。今回のPoCで言えばFAQ。FAQは、当センターの現状においては、オペレーターの対応時間のスピードアップを目的に活用するより、新人オペレーターの育成用として活用する方が有効だということが分かりました。こうしたことが明らかにできたことは、非常に有意義だったと思います。私たちの考察で不十分なところも見えてきたので、今後はもう少し解像度を上げて改善に取り組んでいきたいと思います」(寺井さん)
データ分析業務を成功に導くカギは
「膨大なデータから価値ある示唆を見いだす考察力」
データ分析業務では、データサイエンティストの素養が欠かせない。NTT Comでも人材のニーズが増えているが、具体的にはどういったスキルや経験が求められるのか。
須賀さんや、PoCでデータ分析を担った村木さん、柿木さんは、データ分析の技術だけでなく「深い示唆を提示できる考察力」を挙げた。
業務システムや個人PCから抽出されるデータは、膨大な列と行のリストだ。そこから、顧客の課題感、施策の目的、業界知識や顧客の背景、理想像などを踏まえて、分析の方向性を見いだし、分析結果と業務プロセスを結びつけて改善を図っていく。その過程では、顧客から的確にヒアリングする対話力も重要となる。
柿木さんは、PoCでのデータの扱い方についてこのように振り返った。
「システムから抽出するデータは非常に膨大で、分析のために整理されているわけではありません。まずはデータを見やすくするために、ヘルプデスク業務で対応している約40サービスのサポートを業務種別により4グループに分け、グループごとに分析していきました。この地道なデータ加工が施策の効果につながったと思います」
コールセンター領域を中心に今年度中の提供開始をめざす
NTT Comでは、プロセスマイニング、タスクマイニングの社内での活用をさらに進め、ノウハウ蓄積とお客さまに提供するソリューション強化につなげていく。デジタル改革推進部では、導入ハードルを下げる施策も検討中だ。
「業務における課題や目標が明確だと技術導入はスムーズに進むのですが、必ずしもそういった組織ばかりではありません。目標や組織ビジョン、分析対象などを具体化できるようなフォーマットを準備し、プロセスマイニング、タスクマイニングの活用を支援していきます。また、より深い検証には、データサイエンティストの知識が不可欠です。取り組みを通じて、ノウハウを蓄積し、担当者のスキルアップを図れる体制づくりもしていきたいと思っています」(須賀さん)
プロセスマイニングはあらゆる業界・業種での活用が期待できるが、NTT Comでは、まず、今回のPoCで実績を得たコールセンター領域での展開を中心にご案内を進めていくことにしている。
ICTイノベーション部門の竹安さんは、「今回得た知見とデータの可視化分析スキルを生かし、社内でさらなる実績をつくりながら、お客さまの業務効率化を支援していきます。プロセスマイニングはお客さまの業務をより深く理解するきっかけにもなるため、さらなるニーズの発見につなげて、事業成長の支援にもつなげていければと考えています」と今後の展望を語った。
日本の人口減少が進む中、企業にとって業務の効率化は大きな課題の一つだ。特に、物流、医療、建設業界などでは2024年から労働時間の上限規制がスタートするなど、その対策は急務となっている。プロセスマイニング、タスクマイニングによって見いだした改善策で、より的確に迅速に業務効率化が図られていくことを期待したい。