医療の現場は今、迫りくる2024年問題への対応で大きく揺れている。医療業界では、人材不足や昼夜を問わない患者対応の必要性などにより、働き方改革関連法の実施が5年間、猶予されてきた。その期間がいよいよ終了し、2024年4月からは労働時間の上限規制や時間外割増賃金率の引き上げが実施される。
この課題に対し、効果的なソリューションを提供すべく動きを加速させているのが、NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com) プラットフォームサービス本部 5G&IoTサービス部のメディカルビジネス推進チームだ。医療現場におけるDX推進の大きなきっかけになるスマートフォン(以下、スマホ)導入は、PHSの利用が中心だった医療現場の働き方にどんな効果を生むのだろうか。
アナログな作業が時間外労働増長の原因に
まず、医療現場における働き方で浮き彫りになっている課題について、メディカルビジネス推進チームの島田一輝さんに話を聞いた。
「これまで現場では、医療機器への影響やコストの問題などによりPHSの使用が一般的でした。しかし、PHSは2023年3月に公衆サービスが終了するなど、医療現場での利用が見直されつつあります。
また、医療従事者の方は、連続する患者対応のみならず、患者さんとのやり取りや状態などを紙に書き込んでおき、そのメモを頼りに電子カルテに打ち込んでいくアナログな作業も常態化しています。こうした記録作業は時間外に行われるケースが多いのです」
同じくメディカルビジネス推進チームの剱吉昌樹さんによると、医療現場における働き方改革では、「デジタル活用」「勤務実態の可視化」「タスクシフティング」が重要なテーマだという。
タスクシフティングとは医師業務の一部を看護師や薬剤師などへ移管し、医師の長時間労働、負担を軽減すること。しかし、これをどんどん進めていけば、今度は看護師や薬剤師などの負担が重くなっていく。つまり、医療現場での業務のやり方を根本的に見直す改革が必要となるのだ。
業務効率化は医療の質の向上にもつながる
そこで行き着いたのが、スマホ導入を核とした多角的なアプローチによる医療DXの提案だ。メディカルビジネス推進チームは、全国に拠点を構える株式会社ドコモビジネスソリューションズと連携し、スマホの導入に加えて、AI音声認識を用いたアプリケーション(以下、アプリ)の活用、さらには、ビーコンというBluetoothの応用規格を用いた医療従事者の勤務実態の把握を医療機関に提案している。2022年度には、奈良県の「スマートフォンを活用した医療DXによる医療従事者の働き方改革に関する実証実験」にNTT Comが採択された。
こうした機器、アプリがどのような効果を発揮し得るのか、剱吉さんは説明する。
「医療現場では、PHSを利用した音声コミュニケーションが基本です。当然ですがPHSが鳴ってもそのタイミングで通話できなければコミュニケーションは成立しません。場合によってはPHSを一人一台配備できない病院もあり、連絡を取りたい方をわざわざ探しに行くという“移動”に時間が割かれてしまいます。
スマホを活用できるようになれば、アプリを使って電子カルテの入力作業を効率化できるだけでなく、セキュアチャットを活用しコミュニケーションロスを大きく削減できます。また、ビーコンにより勤務実態を把握できれば、業務改善への足掛かりにもなります」
さまざまな職種の医療従事者がチームとして治療にあたるチーム医療が求められる今、医療従事者同士のコミュニケーションをスムーズにすることは、医療の質を高めることにもつながっていく。
時間外労働時間の5~20%は削減可能
メディカルビジネス推進チームでは、医療従事者に対してスマホを試験的に貸与し、業務効率化の効果を検証する取り組みも進めている。
そこから見えてきたのは、患者との面談記録、各種会議向け資料・議事録の作成といった作業時間の削減、電子カルテの入力作業の効率化と記録内容の質向上、医療従事者同士の情報伝達スピードの促進など、業務効率化への多岐に及ぶ道筋だ。過去の知見も踏まえれば、5~20%*もの時間外労働時間の削減が期待できるという。
* 弊社の知見を基に設定した想定値
スマホ導入により医療現場にはどのような変化が生まれるのか。島田さんはこう説明する。
「AIが自動で音声認識するアプリケーションを利用すれば、患者さんとやり取りしながら、その場で電子カルテに必要情報を入力できるようになり、後で紙のメモを見ながら入力する作業時間を一気に削減できます。スマホでの文字入力に慣れている若手の方よりも、ベテランの従事者の方が音声入力を便利だと感じてくださるようです」
患者さんの前でスマホを使うことに抵抗を感じる医療従事者もいるはずだ。しかし、実際に業務が効率化され、本来の医療行為に時間が割けるメリットを実感できれば、患者さんにあらかじめ許可を取って音声入力を利用するなど、工夫しながらスマホを活用してくれるようになるという。
全国に拠点を持ち医療現場に寄り添えるのがドコモビジネス
さらに、スマホ導入で得られるデータを活用すれば、医療DXの促進のみならず、医療現場に対するコンサルテーションの側面でも効果が生まれると剱吉さんは話す。
「ビーコンによる位置情報把握システムでは、医療従事者の方が施設内で、いつ、どのような移動をされているのかを可視化できます。こうしたデータを用いることで、院内設備の配置変更・フロアの見直しの必要性についても、病院側へ情報提供できるようになります。つまり、DXの提案と同時に、私たちのソリューション範囲外の領域についても課題を抽出できるのです。今後はこうしたコンサルテーションも積極的に行っていきたいと考えています」
最後に、メディカルビジネス推進チームの大西智之担当課長は、チームのミッションを次のように述べる。
「医療業界は全般的にICT化が遅れていると言われます。ただ、やみくもに医療DXを押し進めても、医療現場から理解を得ることはできません。なぜなら、医療の現場では患者さんへの対応が最優先事項だからです。その中でも、新しい働き方やICTツールの活用を浸透させるには、業務に支障を生じさせないよう現場の状況やニーズに応じたきめ細やかな対応が必須となります。メディカルビジネス推進チームは、事前の仮設課題の検討はもちろん、メンバー全員が実際の医療現場に出向き、真に現場が求めている課題に向き合いながら、自社の持つアセット、パートナー様の商材を組み合わせて医療DXを推進することをめざしています。その時、全国47都道府県に拠点を持ち、医療機関と密にやり取りしながらICT領域の知見やノウハウを生かした支援ができることは、私たちドコモビジネスの大きな強みです」
今後、医療現場における時間外労働の上限は一人あたり年間960時間が目安となる。働き方改革が急務となる全国の医療現場に寄り添い、課題を一緒に解決していくパートナーとして、メディカルビジネス推進チームは今日も日本全国を駆け回っている。