NTTコミュニケーションズ
イノベーションセンター プロデュース部門
斉藤 久美子
「新規事業立ち上げは千三つ」と言われ、1000の挑戦に対し実際に世に生み出され成功するのは3つほどとされています。まさに多産多死の厳しい世界ですが、新規事業創出においては検討のプロセスも非常に重要で、成功に至らずとも、仮説検証の結果や検証する過程での学びや経験が、次の新しい事業を生み出すヒントやきっかけ、挑戦し続ける熱意につながることがあります。
「docomo STARTUP(通称:ドコスタ)」*の“挑む”フェーズで実施する「CHALLENGE」はコンテスト形式のプログラムで、2023年度は200件近いアイデアの応募があり、約7カ月の期間中に数回の審査を経て、8件のアイデアが次の“育てる”「GROWTH」のフェーズへ推薦されました。今回の記事では、最終の8件に入らなかった残りの192件のアイデアを代表して、シニア向けアイデアで新規事業創出にチャレンジした元永弘行さん(NTTコミュニケーションズ株式会社 ビジネスソリューション本部 ソリューションサービス部/以下、SS)のインタビューから、ドコスタで得た経験や学びを紹介します。
なお、インタビューはメンターとして元永さんのチームを伴走支援いただいた小森拓郎さん(株式会社Relic 執行役員 イノベーションキャピタルセンター長)にも協力をいただき、同社のオウンドメディア「Battery」とのコラボ記事として作成しました。
Batteryの元永さん記事はこちら
ドコスタの概要説明、元永さんチームのアイデア詳細をはじめ、コンテストの振り返りを元永さん、メンター小森さん、事務局斉藤の3人で話しています。併せてお読みください!
*「docomo STARTUP」とは
社員のアイデアからの事業化を支援する、NTTドコモグループの新規事業創出プログラム。“学ぶ”「COLLEGE」、“挑む”「CHALLENGE」、“育てる”「GROWTH」の3つのプログラムで構成され、自ら手を挙げて参加した社員が、ドコスタの支援を受けながらアイデアをブラッシュアップし、NTTドコモグループからの会社化(スピンアウト/スピンオフ)や事業化をめざす。
元永さんには、2022年度の「ZERO ONE DRIVE」(ドコスタの前身となるコンテスト)にも参加いただきましたが、その時は予選通過ならず。その後2023年4月から既存のSI業務に加えて新規事業を担当することになったため、同じ部署の宍戸 実さん、小野仁志さんとチームを組み、改めて新規事業創出のフレームワークや基礎知識を学ぼうとドコスタにエントリーしたそうです。ドコスタの成績としては、7月の審査を突破(195件から、39件に選抜)、9月の継続審査①も突破(18チームに残る)したものの、最終のDemodayに進出するための11月の継続審査②(ピッチ大会)を突破できず、検証終了となりました。
――ドコスタは、どのような事業案で挑んだのでしょうか?
元永さん:「CareWell Navigator」と名付けた、親と子の絆を深めるサービスです。普段から親孝行できていると思っている人は、どれくらいいると思いますか? 保険会社の調べによると、2割くらいの人しか「親孝行できている」と思っていないそうです。高齢の親と離れて暮らしている子どもは、親の「今の」姿を知ることができません。もし親の健康情報を把握することができたら、親孝行の必要性やきっかけが得られ、親との心の距離を縮めることができるのではないかと考えました。つまり親子の健康状態を起点とした次世代型ヘルスケア基盤を考えたわけです。
――濃密に取り組まれた数カ月間だったと思うのですが、振り返ってみてどうでしたか?
元永さん:私たちのアイデアの顧客は「保険会社」を想定しています。最後に通過できなかったピッチ大会(継続審査②)の前に、提供価値や解決策が顧客に受容されていることを示すため、メンターの小森さんと「保険会社さんから支持を得て、タッグを組めています!」と発表できることをゴールにしようと決めました。自分たちでインタビュー先を必死に探しまくって、最終的に保険会社さんから「具体的な話をしましょう!」というところまで引き出すことができました。
ただし、審査員からのフィードバックを総合すると、検証しきれずに残った課題が2つありました。1つ目は、「このサービスを通じて知る情報が本当に親の健康状態の把握につながるのか?」という点が検証できておらず、このサービスが本当に利用されるのかを明確に説明できていませんでした。また2つ目として、世の中にたくさんある親子向けのサービスには「親が動いてくれない」という大きなハードルがありますが、それを越えるような仕掛けを提示できていませんでした。今回、審査は通過できず悔しい思いをしましたが、もし次にチャレンジするなら、このあたりを検証しておくべきということが分かったのは大きな収穫だと前向きに捉えています。
小森さん:私も親と離れて暮らしていて、親もそこそこの歳になってきたので、元永さんのアイデアを見て「自分も当事者だから、これはぜひ一緒にやりたいな」と思い、メンターとして手を挙げました。当事者としては共感する反面、メンターの立場としては、シニア向けの事業の難しさを最初から感じていました。シニアをターゲットとした場合にステークホルダーが増えて複雑になること、ビジネスモデルの中で関連プレーヤーの協力が必要なことなどから、短期間で検討するには難易度が高いテーマでした。
元永さんとご一緒することで、私もシニア関連事業のいろいろな取り組みを間近に見ることができましたし、世の中が良い方向に進んでいるなという発見がありました。まだまだやれることはあると思っています。高齢者の方から納得感を持って楽しくお金を頂く方法はないかとか、スポンサーとなってくれる企業のKPIにヒットする課題を見つけにいくとか、もっと検討を続けたいテーマだなと強く思います。
ドコスタでは最初の審査を通過すると、各チームに「メンター」と呼ばれる新規事業支援のプロフェッショナルが付きます。メンターは自ら起業していたり、事業立ち上げ経験がある専門家の方です。毎週1時間のメンタリングやSlackでのテキストコミュニケーションなどのサポートを受けながら、仮説検証を繰り返し、事業案をブラッシュアップしていきます。
また、ドコスタ事務局メンバーも各チームに担当事務局として張り付き、参加者が事業検証を進められるように共に活動します。
――元永さんから見て、小森さんはどんなメンターでしたか?
元永さん:小森さんには約4カ月、お世話になりました。検討を深めれば深めるほど結構迷いが出てくるんです。その迷いを、新規事業の先駆者として小森さんはいろいろご存じなので、壁打ちさせていただいていました。小森さんは、こちらがやっていることをまずは全部聞いてくれて、その上で「これやったらいいよ」ということをささやく感じでおっしゃる方です。途中「スパルタモードです!」とチャットでのやりとりがヒートアップすることもありましたが、常にフラットなスタンスで、時にビシッと核心を突いて指摘してくれるので、本当にありがたかったです。
――小森さんはどのような思いでメンタリングされていたのでしょうか?
小森さん:元永さんは自分のコネクションをフル活用して相当量のヒアリングをフットワーク軽く進め、情報を集めていました。私は顧客とのインタビューには同席していないので、元永さんがインタビューで聞いてきたことから導き出した仮説や検証結果の価値を信じて、アウトプットとして伝わるようなお手伝いができればと思っていました。
ドコスタでは途中まで事業案をあえてPowerPointで作成せず、テキストで記載することでアイデアの本質を見失わないように検証を進めます。コンテスト後半のピッチ大会(継続審査②)の段階になって、初めてピッチ大会用に発表資料をPowerPointで作成します。元永さんが最初に出してきたスライドを見て、これまで集めた貴重な情報がふわっとしか表現されていなくて、この価値が伝わらないのはもったいない! と思ったので、「スライドがポエムになってます!」と指摘させていただきました。
元永さん:小森さんからあった通り、ヒアリングしまくったことで、生の声(一次情報)の材料・情報はたくさん持っていました。それらをうまく表現するためにどうまとめるか、という点で小森さんの知見をお借りしました。特に「ベネフィット(顧客が商品やサービスを購入した際に得られる利益)」を1スライドにまとめて表現すべき、という点は目からうろこでした。本当にみんな、ここまで書くのかなと思ったりしましたが、Demodayに出場した上位5チームの資料には確かに解像度高く具体的なベネフィットまで書かれていましたね。
斉藤さん:事務局目線では、元永さんのチームと小森さんの相性は良く、お互いを尊重しつつも、遠慮なく本音でやりとりできる絶妙な距離感だったと思います。週1回のメンタリング以外にも、Slackでのコミュニケーションも活発でした。朝活中の元永さんから朝イチで投稿が入ると、即座に小森さんから返信があり、そのままスレッドの階層が深まっていく……という場面を何度も目にしました。
――ドコスタで印象に残っていることは何ですか?
元永さん:ピッチ大会(継続審査②)の直前の追い込みですかね。顧客にプレゼンするつもりで、相手に動いていただくためのメッセージを考えて盛り込もうとしたので、資料を1ページ作るのにすごく時間がかかりました。何度も前に戻って直したり、てんこ盛りの言いたいことを削りに削ったり、結構しんどい作業でした。それを2週間くらいでギュッと短縮してやるんです。多分、2回、3回と経験を積んでも、この追い込みのハードさはなくならないんじゃないかなと思います。
――なぜそこまで追い込めたのでしょうか?
元永さん:昨年の5~6月に参加したデジタル庁主催のハッカソンで、デジタル庁CTOの方が「最後やり切ったと思った時から、さらに次の一歩まで行ける人が強い」ということをおっしゃっていたのが印象に残っていました。「限界だと思ったら、その一歩先までやったら、本当にやり切った、頑張ったと、結果について満足するよ」とのことだったので、その言葉を意識して、最後の1週間ぐらいは限界まで頑張って実践してみました。
――ドコスタに参加して何か変化はありましたか?
元永さん:普段から仕事をする中で自分では「考えている」つもりだったのですが、新規事業という新しいことへチャレンジすると、「考える」ことがいつの間にか癖になるんです。脳内に集まった情報を泳がせておくことで物の見方も変わり、目にした情報が他の情報と結び付いたりして、生きた情報に変わってくる感覚があります。他の人にもコンテストにチャレンジしてもらって、アンテナがすごく研ぎ澄まされる感覚に気付いてほしいです。
――これから、どんなことにチャレンジしたいですか?
元永さん:今回のコンテストでは、最終のDemodayまで行けなかったので、まだまだ道半ば、なんですよね。ドコスタでも本業でもいいので、自分で考えた事業でお金がもらえるフェーズまでやってみたいし、やり切りたいです。そこまでやり切ったら、見える景色も違うだろうなと思います。ドコスタには会社化という道もありますから、自分のアイデアで会社を興すことを次の目標として挑戦していきたいです。また、この経験を糧に業務で新規事業化を達成し、会社に収益をもたらすことで還元します。
元永さんが所属するSS 第一マネージドソリューション部門では、新規事業創出を目的とした有志によるワーキンググループ「ビジネスインキュベーションWG」を2022年度に立ち上げ、新規事業案件の共有や、B2B2Xモデル推進のための勉強会、アイデアソンなどを積極的に実施しています。元永さんもワーキングメンバーであり、ドコスタで取り組んだ「CareWell Navigator」もワーキングの活動からヒントを得て発案したアイデアです。本記事のタイトルにも使わせていただいた「先陣を切るもの」とは、ワーキングメンバーの取り組みを共有する会議の名称であり、元永さんがドコスタを通じて得た学びや気付きを、所属部署のメンバーにも共有されていました。その中で最後にお話しされた内容がとても印象深かったので、こちらの記事でも紹介します。
「新規事業の成功率は“千三つ(0.3%)”、1000 個アイデアを考えても3つぐらいしか当たらないということで、成功する確率が低いと言われています。しかし、私はそうは思いません。なぜかと言うと、私が所属するSS 第一マネージドソリューション部門は約360人の仲間がいる大所帯です。強みとしては、それぞれが仕事でお客さまとの直接の接点を持っていているため、お客さまの困り事を自分事として聞ける立場にいます。だから顧客・課題が見つけやすいんです。また、SSはお客さまSI案件のハブ組織なので、社内外のいろいろな部署とつながりがあり、組織や人脈を生かして解決策を考えることができます。
例えば、SSの300人が 各自 10 個アイデアを考えたら、すぐに3000個になりますよね。アイデアの量を増やし、試行錯誤しながら質を高めていければと思います。短期間で多くの学びや知見を蓄積できたので、私は新規事業創出にチャレンジして本当に良かったと思います。今後もうちのメンバーからどんどんチャレンジしてほしいですし、自分は先陣の一人として、それを後押しすることも役割だと考えています」(元永さん)
今回のインタビューを通じて、元永さんがコンテストで敗退しても立ち止まらず、すぐに次のチャレンジに意識を向けられること、自分の周囲を巻き込んだ取り組みができるのは、所属部署で取り組んでいるワーキングなどの新規事業創出の土壌が育っているからなのだと感じました。
ドコスタ事務局では、2024年度のコンテスト「CHALLENGE」の準備を進めています。本記事が新規事業創出に初めてチャレンジされる方、過去に取り組んだけれどうまくいかず再チャレンジしたい方、チャレンジを迷っている方の後押しになれば幸いです。
聞き手:斉藤久美子(イノベーションセンター)
NTTコミュニケーションズイノベーションセンター プロデュース部門
斉藤 久美子
NTTドコモグループ新規事業創出プログラム「docomo STARTUP」、オープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ)」などの事業創出をミッションとした施策の事務局を担当しています。社員のチャレンジを社内外に発信します!
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斉藤 久美子
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