NTTワールドエンジニアリングマリン
営業部
櫻井 淳
2011年3月11日に東日本大震災が発生して以降、社会のデジタル化は日々進化し続けている。情報化社会のベースとなる通信インフラは、非常事態でこそ信頼性が問われる。私たちは震災から何を学び、何を進化させることができたのか。地震や台風、豪雨被害が増加傾向にある中、いつ起きてもおかしくない次の自然災害に備え、NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)が果たすべきこととは。震災から10年を経た今、改めてNTT Comの社会的な使命を問い直す。特集の1回目は、緊急地震速報や地震研究を支える「EarthLAN」。それは、地球が生み出す膨大なデータを活用し、私たちの安全を進化させる挑戦だ。
近年、地震や台風、豪雨などの自然災害が多発している。NTT Comグループの災害対応を統括するNTT Com プラットフォームサービス本部 危機管理室によると、「2016年以前、全社的な災害対応は年に1度あるかないか」。しかし、2018年は大阪北部地震、西日本豪雨災害、関西・沖縄における台風被害が立て続けに起こり、以降も度々発生している。災害で通信設備が故障すれば、NTT Comはグループで総力を挙げ復旧作業に向かう。2020年、危機管理室は人員を増やし体制を強化した。
「私たちが守っているのは、社会の情報インフラを支える通信ネットワークです。例えるなら、社会の隅々へと情報を届けるための背骨であり、これが折れてしまえば、その先の地域でテレビやラジオが使えなくなってしまう。被災時にこのような状況になれば、余震や津波などの最新情報を得ることができなくなり、現地の自衛隊や医療従事者、ボランティアが緊密に連携できず、救助や復旧活動の停滞を招いてしまいます」。こう語るのは危機管理室の武田光仁だ。長年、被災現場でケーブル故障を突き止め復旧させる作業にあたってきた。ネットワークを守ることは命を守ることだと、身をもって感じている。
東日本大震災以来、私たち日本人は自然災害に対する警戒心をさらに高めた。人々の意識と呼応するように、緊急地震速報は精度とスピードを進化させ、個人が即座に正確な情報を手に入れられるようになっている。この緊急地震速報システムの土台となるのが、NTT Comが提供する地震・津波・火山観測データ伝送基盤サービス「EarthLAN」だ。
EarthLANは、日本全国を約20kmメッシュでカバーする地震・津波・火山観測施設からのデータを収集・蓄積し、最大500msec(0.5秒)という低遅延で確実に伝送するネットワークサービスだ。1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、十数年にわたって気象庁の緊急地震速報や防災科学技術研究所での地震研究を支えてきた。近年は、防災データとしての活用ニーズも高まっている。
「このサービスの重要な機能は“速度”と“信頼性”の2つです」と語るのはビジネスソリューション本部 第二ビジネスソリューション部の笠井大輔。例えば、緊急地震速報の遅れは、災害からの逃げ遅れに直結する。このことから、速度の重要性はイメージしやすいだろう。一方、信頼性については次のように語る。「EarthLANは365日24時間、1秒ごとに日本全国約1300拠点の観測データを送信し続けています。万が一届いたデータに欠損があっても、7日間まではさかのぼり自動補完もできる。かつての地震観測データは、数値を紙に書き取り人の手で回収し保管するものでしたが、デジタル化、自動化したことで、有事の際も時系列で“波形の変化”を正確に追えるようになりました。研究者にとって地震メカニズムを解明する大きな足掛かりとなっているのです」
人のいない山奥や島など日本のあらゆる場所から、長年にわたり観測データを送り続けているEarthLAN。社会を支える防災プラットフォームとして、どんな価値を生み出していけるのか、NTTグループ各社、企業、自治体、大学との連携も視野に入れた挑戦は続く。
2011年3月11日14時46分。EarthLANの運用を担当するビジネスソリューション本部 ソリューションサービス部の青山克幸は、東京都内にあるNTT Comのオペレーションセンターにいた。「各観測点の状況を表示するモニターはオールレッドの状態でした。いくつもの地点で、停電や回線の故障、あるいは現地が崩壊してしまっている。あのような事態は電気通信の歴史上、初めてだったと思います」。青山は、その一つひとつをひも解き、原因や復旧の目途、そもそも復旧が見込めるのかどうかの整理に追われた。全容が解明できたのは震災発生から1カ月後のことだ。
青山と同じソリューションサービス部でEarthLANのシステムエンジニアを務める元永弘行も続く。「当時、観測データを受け取る防災科学技術研究所も停電になり、通信できない状態に陥っていました。しかし、幸いなことに、データはデータセンターに蓄積できていました。停電が長引きそれを失ってしまわないよう、急きょ保存期間を延長したのです」。この日のためにEarthLANがあったと言っても過言ではない。最終的には、大規模災害の波形を欠損させることなく後世に残すことに成功した。
「3.11で、東北地方は多くのものを失いました。現在もその傷跡は癒えていません。しかし、残されたデータが、いつの日か地震のメカニズム解明につながり、そこに暮らしてきた人に“安心”を与えるものになってくれたら。そのためにも、EarthLANを止めることはできないのです」。東北出身だという青山は、今日も同郷への思いを胸に保守運用業務にあたる。
東日本大震災以降、地震だけでなく津波の発生情報も人々の元へすぐさま通知されるようになった。震災が契機となり、太平洋沖にある日本海溝沿いに地震計や水圧計を設置した海底ケーブルが敷かれたのだ。津波が観測されれば、データの送信先である気象庁が、すぐさま世の中へ警報を発している。
一方、EarthLANチームでは、直下型地震が発生した場合を考えて、コントロールセンターのディザスタリカバリー機能を実装。送信データの蓄積拠点を東西に分散させた。さらに、観測点に設置する通信機器のUPSバッテリーも強化。観測点が停電した際のルーターの動作時間を、東日本大震災前の数十倍に改良した。「その後、2018年に北海道胆振東部地震が起きました。現地では広域ブラックアウトが発生したものの、観測点からデータを集信し続けることができたのです」と語る元永だが、その表情に安堵はない。EarthLANチームに加わってすぐに震災を経験。「現状のサービスに満足せず、進化させたい」との思いで、防災系システムの構築に数多く携わってきた。意識の高まりから防災士という資格も取得した。
元永の思いを受け、笠井も続ける。「東日本大震災で犠牲になった方の約1割が20歳以下と聞き、もしも自分の子どもが津波で犠牲になったらと想像すると、やるせない気持ちでいっぱいになります。EarthLANを進化させ続け、自然災害の犠牲者を少しでも減らすことが私たちの使命だと考えています」
すでに次世代型EarthLANの開発が進んでいる。「現在、『地震計の故障検知』におけるAI活用に向けた研究を進めていますが、今後は防災科学技術研究所が蓄積している膨大なデータの利活用にも力を注いでいきたい」と語るのはイノベーションセンターの伊藤浩二。AI研究用に利用した46拠点、4年分のデータ量は実に2ペタ(1ペタ=約1125兆バイト)にも達する。十数年蓄積してきた全拠点のデータともなればかなりの量だが、その膨大さゆえに、まだ手をつけられていない宝の山とも言える。AIによる分析が可能になれば、従来の研究では到達できなかった“解”にも手が届くかもしれない。
「防災という社会的責任を背負う以上、重圧を感じることもあります」と語るイノベーションセンターの郭家寧の言葉を、エンジニアの切通恵介が引き継ぐ。
「今取り組んでいる『地震計の故障検知』は、故障の予兆を発見できても、要因までは可視化できません。このような課題が克服できれば、故障しない地震計をつくることができ、より安定的なEarthLANの稼働に貢献できます。次の10年、テクノロジーが防災にどんな進化をもたらせるのか。AIチームの挑戦です」
地震大国日本。私たちが自然災害と無縁の生活を送ることはできないだろう。しかし、災害への対処を発展させる余地はまだまだ残っている。ICT技術の進化によって、今より少しでも安心して過ごせる明日を目指して、EarthLANは地球の鼓動と向き合い続ける。
特集「命をつなぐネットワーク」。episode 1では、地震・津波・火山の観測データを収集・蓄積し、低遅延に配信し続けることで地震のメカニズム解明や正確で迅速な速報の実現に貢献するEarthLANチームの挑戦をご紹介しました。episode 2では、東日本大震災の教訓から、災害復旧のさらなる強化を目指して導入された最新鋭のケーブル敷設船「きずな」やその運航に携わる人たちの姿を取り上げます。海から人々の暮らしを守るための技術とノウハウもまた、絶え間ざる進化への挑戦にほかなりません。ぜひご覧ください。
NTTコミュニケーションズソリューションサービス部
元永 弘行
主に官公庁のお客さま向けネットワークを中心としたソリューションサービスの構築を担当しています。東日本大震災以降、私たち日本人は自然災害に対する警戒心をさらに高めています。私が担当する地震のメカニズム研究や緊急地震速報システムの土台となる地震・津波・火山観測データ伝送基盤サービス「EarthLAN」の組り組みをご紹介します!
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上田 幸宏
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