北海道全域に宅配サービスを展開する生協がある
「生協」といえば、消費者が出資金を出し合い組合員となり、生活レベルの向上を目指す「生活協同組合」の略称です。日本では特に「CO・OP」(コープ)の略称で知られる日本生活協同組合連合会が有名で、コープの宅配サービスやコープの店舗で買い物をしている人も多いでしょう。
「生活協同組合コープさっぽろ」(以下、コープさっぽろ)も、宅配サービスや店舗を運営する生協のひとつです。コープさっぽろは北海道内に100以上の店舗を構えており、1965年の設立から長年にわたり、北海道で暮らす人々の食と生活を支えてきました。
そんなコープさっぽろが、店舗と並ぶ主要事業の1つとして注力しているのが、宅配システムトドックです。トドックは常温品だけでなく冷蔵品や冷凍品の置き配に対応した宅配サービスで、離島を含む道内全域への宅配も可能です。店舗では買えない限定商品やポイントサービスも用意されています。利用者数は年々増えており、現在では約47万世帯が加入しています。
コープさっぽろでは全道51カ所に拠点(トドックセンター)を展開し、延べ約1,200名の配送担当職員を揃えることで、各組合員から注文を受けた商品を、それぞれ毎週決まった曜日に個宅配送する体制を構築しています。
配送ルートのわずかな乱れが徐々に拡大。
見直しに数カ月かかることも
毎日違った相手に荷物を届ける宅配便と比べると、決まったユーザーの自宅に配送するトドックのルート策定は比較的容易に思えます。しかし、実情はまったく異なります。
例えば、トドックは離島(利尻島、礼文島、奥尻島)を含んだ北海道全域におよぶ広大なエリアをカバーしているため、冬季には積雪や凍結などによって道路走行が困難になることも少なくありません。
加えて、トドックはサービスの停止および再開が容易にできるため、2,000世帯程度の新規加入がある一方、同じタイミングで1,000世帯以上の利用停止が発生することもあります。そのため、利用者の入れ替わりを反映した配送ルートの再編を、拠点ごとに随時行わなければなりません。
コープさっぽろ デジタル推進本部システム部 宅配チーム リーダーの重田真志氏は、このルートの再編が、日々の業務の負担になっていたといいます。
「熟練者の経験と勘に頼って毎週のように配送ルートの組み替え(改廃)を行っていたのですが、小さな組み替えを重ねていると、配送ルートの“乱れ”がどんどん拡大し、慢性的な業務効率の低下が発生していました。
もちろん、配送ルートの全面的な見直し(大改廃)は定期的に行っています。しかしこの作業は、各センターの職員が総出であたっても数カ月を要するほどで、非常に重い負担となっていました」(重田氏)
現場スタッフの“モノサシ”を、
AIの変数として取り入れる
この課題を解決すべく、コープさっぽろは配送ルートの最適化に着手。2021年7月、北海道大学発のベンチャー企業である株式会社調和技研と共同プロジェクトで、AIによってルートを最適化する取り組みを開始しました。
このプロジェクトが始まるきっかけは、トドックと同様に市街地を巡回する、ある車の存在がありました。
「調和技研が『ゴミ収集車』の効率的な巡回ルートをAIで作成していることを知り、これはトドック配送ルート策定にも応用できるのではと考え、同社に相談したことが始まりでした。もちろん、同じ北海道を地盤とする調和技研となら、共に地域を盛り上げていけるという想いもありました」(重田氏)
こうして両者は、配送ルート最適化AIの開発をスタートします。両者がこだわったのは、単に走行距離や配送時間を短縮する機械的なルートではなく、職員自身が納得でき、道順も覚えやすくて巡回しやすい、”人間らしい”配送ルートを策定するAIです。
「理論上では最短距離となるルートをAIで導き出したとしても、実際に走るとギャップが生じ、必ずしも最適なルートにはなり得ません。トドックは毎週同じ配送先に行くため、担当職員が記憶しやすい道順であるかどうかが効率に影響してきます。そのため、最短ルートと”人間らしい”感覚とのバランスを取りながら、効率性かつストレスが少ないルートを提案することを目指しています。
例えば『道幅』も、ルートを決定するうえで重要な要素です。狭くて交通量も少ない生活道の住宅へ配送する場合、停車位置のすぐ近くに複数の利用者がいることがあり、その場合は同時に商品を配ることが可能です。一方で道幅の広い幹線道路沿いの住宅に停車した場合、近辺に配送をしたくても、荷物を持って道路を横断することは危険です。Uターンをするなど、わざわざ迂回する手間が必要になります。
このほかにも、『できる限りUターンを避ける』『大きい道路の横断や右折回数も考慮に入れる』なども、効率の良いルートを作るためには欠かせない要素です。配送ルート最適化AIには、我々コープさっぽろの職員が現場で行っているさまざまな判断の“モノサシ”を、変数として組み込んでいます」(重田氏)
AIに完璧は望まない――
最適ルートは人間と連携して策定
こうして配送ルート最適化AIの開発に取り組んだ両者は、2022年上期に机上シミュレーションを、同年下期にはPoCを行い、2023年よりトドックの実業務において、配送ルート最適化AIの運用を開始しました。2024年8月には5拠点への展開も完了し、現在はさらに6拠点への展開を進めています。
配送ルート最適化AIでは、ルートを全面的に見直しする際、まずエリア内の配送先をAIによって60~80軒ごとの枠に分割し、各曜日に回るルートの基本セットを作ります。その後、職員の手でセットの内容を調整し、ふたたびAIが、その枠内で配送を行う順番を決めていきます。さらに、この結果についても職員による確認と調整を行った後に、新たな配送ルートとして確定する、というのが一連の流れです。
「AIだからといって完璧な答えを求めるのではなく、まずは60~70点の出来を目指します。足りない部分は人間が調整し、そこから80点以上に高めていけば良い、という運用を行っています。こうして『AI→人間→AI→人間』という進行サイクルによって、”人間らしい”配送ルートを策定しています」(重田氏)
配送ルート見直しの作業時間が85%削減。
配送時間の削減にも有効
コープさっぽろと調和技研による”人間らしさ”にこだわった配送ルート最適化AIは、実際に大きな効果をもたらしていると重田氏は説明します。
「最初にトライアルを開始したある拠点では、担当エリア内に約2万世帯の利用者がいますが、従来までは配送ルートの全面的な見直しに約1,500時間もの時間を費やしていました。しかし、同拠点で配送ルート最適化AIを適用した現在、見直しにかかる時間は180時間となり、従来の約85%まで削減できています」
さらに、AIが導き出した配送ルートは効率性も高く、配送時間は従来比で7%短縮できたといいます。
「ルートの見直し時間の削減だけでなく、拠点全体の業務効率を高める効果も生まれています。今後、トドックの加入者が増えた場合でも、スムーズに対応できるほど、AIのキャパシティには余裕はあります」(重田氏)
AIにチャレンジしなければ、
AIはビジネスの現場で輝かない
コープさっぽろと調和技研の協業は配送ルートにとどまらず、新たに2つのテーマを見据えたチャレンジが始まっています。その1つ目は、トドックの新規加入者へのサービス向上です。
「現状では新規加入の申し込みを受けても、配送ルートに組み込まれるのは早くて翌週、商品を注文できるのはさらにその翌週となってしまいます。それを、申し込みからほぼリアルタイムで配送ルートに組み込み、商品が届くまでのリードタイムを短縮する仕組みを開発するのが今後の目標です。可能な限り、早期の実現を目指しています」(重田氏)
2つ目は、中長期期的なAI活用のさらなる高度化です。
「配送ルート最適化AIは拠点側からのリクエストを受けた後に適用していますが、今後はAI側からも適切なタイミングで配送ルートの見直しを提案するような、双方向型の運用も実現したいと考えています。日々の配送データを蓄積してスコアリングし、より良い配送ルートを可視化するアルゴリズムを調和技研と共同研究している最中です。
目の前の課題を解決することは言うまでもなく大切ですが、失敗を恐れず、常に高い理想像を描いてチャレンジを続けてこそ、AIはビジネスの現場で輝くと信じています。これからもAIを活用し、AIの経験値を積んでいきたいと考えています」(重田氏)
●インタビュイープロフィール
重田真志(しげた まさし)
2020年にUターン移住し、コープさっぽろに入協。グランドデザインチームでの経験を経て、2021年から宅配システムチームに配属。現在はチームリーダーとして宅配事業のシステム企画をメインに担当し、業務効率化やシステムの最適化に取り組んでいる。