
案内人:筑波大学 ビジネスサイエンス系 教授 尾崎幸謙(おざき こうけん)さん
1977年愛知県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了後、日本学術振興会特別研究員(慶應義塾大学)、情報・システム研究機構 統計数理研究所の助教などを経て、2013年から筑波大学で教鞭を執る。2024年2月から現職。また、2024年4月統計数理研究所の客員教授に就任。共著に『Rで学ぶ マルチレベルモデル』(朝倉書店)などがある。
本と私
大学教員という仕事柄もあり、私にとって読書は〝知識獲得のための手段〟。
したがって小説を読む機会はほとんどなく、読むのはもっぱら専門書ばかりです。
専門書を読むと、分からない箇所がいくつも出てきます。
その場合、とりあえずそれを飛ばして先に進める読み方と、その場で一定の納得感が得られるまでしっかり考える読み方の2通りがあると思いますが、私は後者です。
前者の読み方を勧める本に出合ったこともあります。とりあえず最後まで読んでから分からなかった箇所に立ち戻ると分かるようになっていることがある、といった趣旨だったと記憶していますが、私はどうしても気になって後者になってしまいます。
後者の読み方が癖になっていることが原因かは分かりませんが、私は読みながら本に書かれている内容以外を考えることが非常に多いです。
読むスピードは遅いのですが、読みながら別の本や論文の内容との関係に気がつき、そこから研究上のアイデアが思い浮かぶことがよくあります。
他に私の本(専門書)との付き合い方でいえば、大学院生と輪読をすることでしょうか。
「大学教員ならば何でも分かっている」というのは大きな間違いで、専門に近い内容であっても私には分からないことがたくさんあります。
したがって、学生と一緒に読む本を選んで輪読をすると、当然学生から質問を受けますが、何も準備をしていないとその質問に回答することができません。質問されたときにしっかり回答できるように勉強するといった動機で新しい知識を吸収することもあります。
そういった意味でも、本から多くのものを得ることができています。
ビジネスパーソンが知っておきたい
データサイエンスの知識
AIや統計学は昨今話題のテーマなので、今回3冊の本を紹介できることをうれしく思っています。一方で、AIや統計学は数学がベースになっていることから難しいと感じる方も多いと思いますので、書籍選びには苦労しました。
今回紹介する3冊は、この記事を読む方々が「AIや統計学で何ができるかが理解できているマネジメント層になる」といったイメージで選びました。
1冊目は、因果関係(原因と結果の関係)を調べる方法に関する一般書です。企業が行うすべての施策は何らかの効果を狙ったものですから、因果関係は重要なテーマです。
2冊目はビッグデータやAI・機械学習の考え方について説明した書籍で、一般書と専門書の中間的位置づけのものです。様々な事例が登場しますので、興味深く読みながら知識を深めることができると思います。
3冊目は統計学の初歩を、数学のハードルを下げて学びたい方向けの書籍です。3冊目を読むことで、単なるイメージとしての理解から脱却できると期待します。
「統計学やデータなんて自分には関係ない」と思っている方も、読んでいただけるときっと何か自分の仕事とのつながりが見つかると思いますよ。
データを正しく利用するための必須知識
「因果推論」
(中室牧子、津川友介)ダイヤモンド社

タイトルには「経済学」とありますが、この本には難解な数式などは載っていません。
内容的には「テレビを見せると子どもの学力は下がるのか」といった教育に関する話題や、医療に関する話題も多く、私のような経済学のことを知らない人でも興味深く読むことができます。
この本のテーマは「原因と結果」の関係、つまり因果関係です。
「メタボ健診を受けていれば長生きできるのか」などを題材としつつ、因果関係と相関関係の違いを極めて分かりやすく説明した本です。
因果関係は「Aが原因でBが起きる」という関係を表しますが、相関関係は単にAとBの間に関係があるに過ぎず、「メタボ健診を受けているような(健康意識が高い)人は長生きする」のであればこれは相関関係になります。
因果関係がある場合には、「BのためにAを行う」といった、目的が明確な意味のある行動につながります。したがって、意味のある行動を選択するために、因果関係と相関関係の違いを意識することは重要といえます。
読者の多くは企業にお勤めだと思いますので、「売り上げを増やすためにはどうすればよいのか」ということは毎日の大きな関心事だと思います。
因果関係の推論は昨今耳にするエビデンスに基づく教育・医療・政策の中で重要な位置を占めています。
AI時代の社会・ビジネスにおいて必須の知識となるでしょう。
本書のCOLUMN1には「チョコレートの消費量が増えるとノーベル賞受賞者が増える」というデータが紹介されています。
これは因果関係と相関関係のどちらでしょうか? 本書を読みながらぜひ考えてみてください。
データサイエンス×社会科学。
ビッグデータ時代の新しい調査法
(マシュー・J.サルガニック)有斐閣

本書はビッグデータを使った社会調査に関する1冊。
社会調査というとイメージしづらいかもしれませんが、社会のこと・世論のこと・市場のことなどを知るための調査を指します。
従来の社会調査は、ランダムに選んだ家庭に訪問して回答をお願いする面接調査や、紙に印刷した調査票を郵送する郵送調査などが一般的でした。
それに対して、本書はX(旧Twitter)のデータなどのビッグデータを使うことで同じ目的をより高度に実現するための考え方や具体的な事例を説明した書籍です。
私の気に入っている事例として、「ギャラクシー・ズー」というタイトルの項を挙げたいと思います。
オックスフォード大学の天文学の大学院生であったKevin Schawinskiは「楕円銀河は赤みを帯びている」といった通説からはずれた銀河に関心を持っていました。
この研究のために大量の銀河を分類(楕円、渦巻きなど)する必要のあったSchawinskiは、自分で分類する代わりに、銀河を分類するためのサイトを設け、サイトを訪れた人にボランティアで分類してもらうという方法を考えつきました。分類すること自体は難しくない作業なので、専門性のないボランティアの人でも手伝うことが可能だったのです。
自分で分類すると、1日12時間作業をしたとして100万の銀河を分類するのに140日かかってしまう計算でしたが、この「ギャラクシー・ズー」プロジェクトには10万人以上のボランティアが参加し、4000万回以上の分類を行ってくれました。
さらに、こうして作成された銀河の画像と分類結果をAIに学習させることで、今度はAIが100億もの銀河の分類を行うことに成功したのです。
このような方法はウェブやAIがなかった時代には全く考えられない方法です。
比較的簡単で関心のある人なら手伝ってくれそうな作業(銀河の分類)を、ウェブを通してボランティアに依頼することや、分類作業をAIに学習させて膨大なデータに適用する(100億の銀河分類)といった作業は、ビジネスの中でも適用できる可能性があります。AIの使い方といった意味でも参考になる書籍だと思います。
本書は私の大学院のゼミで過去2回輪読を行っています。章末の課題(練習問題)にもチャレンジさせています。課題を解くという視点から改めて書籍を読み直すと、さらに理解を深めることができると思います。
データ活用人材を目指すビジネスパーソンへ
統計学の本質がよく分かる1冊
(山田剛史、村井潤一郎) ミネルヴァ書房

本書は心理学専攻の多くの学部で教科書として採用されており、「よくわかる」というタイトルの通り、分かりやすさに定評がある1冊です。
心理統計というのは、心理学の研究で使われる統計手法を指します。
AIや統計のことは知りたいけれども、心理統計には関心がない方も多いと思いますが、統計の初歩を学ぶ際には、分野はあまり関係がありません。実際、私は経営系の社会人大学院で教鞭を執っていますが、学生にはこの本を副読本として薦めています。学生からも分かりやすいと評判です。
統計学というと数式が登場するイメージを持たれると思いますが、本書には難しい数式はあまり登場しません。ですが、内容をしっかり読めば統計学の本質を学ぶことができる優れた書籍です。統計学の中身を理解してみたいと思っている(特に文系の)社会人の方に強くお勧めしたい1冊です。
ただし、もし数学をベースとした統計学をしっかり学びたいということであれば、本書ではなく(あるいは本書をベースとして)他の書籍で学ぶ必要があります。
また、統計学は書籍以外でもオンライン講義が充実していますので、それらを並行して受講することもお勧めします。
この記事はドコモビジネスとNewsPicksが共同で運営するメディアサービスNewsPicks +dより転載しております 。
構成:城田優美
編集:岩辺みどり
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)