地方の中小企業でもDXできる!隂山建設の挑戦

地方の中小企業でもDXできる!隂山建設の挑戦

福島県郡山市に拠点を構える隂山建設は、DX関連で数々の表彰を受けている建設会社です。従業員が50名にも満たない同社は、なぜDXを推進できたのでしょうか?

目次

東北地方のDXを牽引する建設会社

日本政府は現在、産業界全体におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していますが、実際に取り組んでいる企業は少数派のようです。

総務省が2021年に行った日本企業のDXに関する調査によると、「実施しておらず、今後も予定なし」と回答したのは6割を超えています。さらに、「実施していないが、今後は実施を検討」は17.8%で、「すでに実施している」と回答したのは22.8%でした。つまり、現時点でDXを実施しているのは全体の2割強に留まるということになります。

逆にいえば、この「すでにDXを実施している」と回答した2割の企業は、他社より抜きん出て、デジタル化を推進しているということになります。中にはDXによって大きく業務を変革し、成果を挙げている企業も存在するでしょう。

福島県郡山市に拠点を構える隂山建設株式会社も、かねてからDXを推進し、業務を変革している企業のひとつです。同社の取り組みは業界でも高い評価を受けており、たとえば2020年度には、クラウドを活用した中小企業の実践事例を発掘し広めるプロジェクト「全国中小企業クラウド実践大賞」の全国大会にて、日本商工会議所会頭賞を受賞。さらに2022年度には、東北地域でDXに挑戦する企業等を表彰する「TOHOKU DX大賞2022」にて、最優秀賞に輝いています。

隂山建設株式会社 代表取締役 隂山 正弘氏
隂山建設株式会社
代表取締役
隂山 正弘 氏

隂山建設の従業員は49名(2023年3月時点、グループ会社は除く)と、決して会社の規模が大きいわけではありません。そんな中小企業である同社が、なぜDXに取り組むことができたのでしょうか?同社代表取締役の隂山正弘氏に、同社のDXの軌跡を聞きました。

最新技術を導入した後に生まれた疑念とは

隂山建設は公共工事から民間工事まで、あらゆる建築物の施工及びリフォームを行う建築会社です。1954年に「隂山工務所」として創業し、郡山を拠点に活動を続けています。

隂山氏が代表取締役に就任したのは、今から17年前の2007年のこと。この頃から同社は、新しい技術を積極的に取り入れ始めました。例えば2011年には、高機能な自動追尾型のトータルステーション(※角度や距離を測定する測量機器)を、福島県内で初めて導入。2014年には、全球測位衛星システム(GNSS)衛星を利用したブルドーザーの切土作業を、県内で初めてスタートしました。

さらに2017年には、ドローンによる建設現場の撮影を開始。ドローンが撮影した画像や映像を元に、建設現場の測量や3次元データ化というデジタルな取り組みが行えるようになりました。

しかし隂山氏は、ドローンの導入後、“これで良いのだろうか?”と疑念を抱くことになります。

「私は代表取締役に就任した後、さまざまなICT施工のテクノロジーを次々と取り入れ、建設現場の改革を行ってきたつもりでした。しかし振り返ると、足りない点もあったと思うようになりました。

例えばドローンの場合、ドローンという最新のテクノロジーを導入したものの、実際の業務はすべて外部業者に委託していたため、スキルやノウハウといった目に見えない“財産”が貯まりません。このままではデジタル技術を導入した意味が無く、改革になっていないと危機感を抱きました」

隂山氏はすぐにドローンの外部委託をストップし、ドローン本体を自社で購入。さらに、ドローンのパイロットを育成することに決めました。その結果、わずか半年後には自社パイロットによる建設現場のドローン飛行が100%行える体制を構築することに成功しました。

同社は現在もドローンの操縦を従業員が行っており、全従業員49人のうち33人がドローンパイロットのスキルを有しているといいます。

現場をテジタル化するツールがない。それなら自社で作ってしまおう!

こうしてドローン撮影の内製化に成功した隂山氏は、かねてから認識していた大きな課題に取り組みます。それが、建設現場における業務のデジタル化です。

「ドローンなどさまざまな技術を採り入れたものの、当時の建設現場はまだまだアナログなままで、事務所には紙の資料が山積みで置かれているような有り様でした。こうした現場を、デジタルの力で改革したいという思いは常に抱いていました」

隂山氏はこの問題を、ドローンの時と同様に、自前で解決する道を選択します。2018年に「ビルディングサポート株式会社」という新会社を設立し、同社にて建設現場の業務をデジタル化するアプリの開発をスタートしました。

「建設業向けのアプリに対するニーズは、建設会社である当社が一番よく把握しています。同種のアプリはさまざまなIT企業から提供されていましたが、我々のような建設会社側の立場から見ると、正直なところ物足りないツールばかりでした。そこで“ないなら自社で作ってしまおう”とチャレンジしました」

こうして完成したのが、現在も同社のサービスとして展開されているアプリ「Building MORE(ビルモア)」です。ビルモアは施工状況がリアルタイムに確認できる情報可視化アプリで、施主や建設会社、現場スタッフが利用します。工事に必要な書類や今後の工程・予定、工事状況の写真などさまざまな情報をクラウド上で共有することで、施主や建設会社の情報連携ややりとりの円滑化が図れるツールとなります。

「施主であるお客さまにお渡しする書類の中には、工事の写真が山のように含まれます。しかもその写真は、竣工時にまとめて渡すことが一般的でした。しかしビルモアを使えば、現場の写真がアプリを通じてリアルタイムに共有できるため、施工中もお客さまに安心感を与えることができます」

隂山氏はビルモアについて、現場でアプリを使用する従業員の“働きがい”を創出することも狙っているといいます。

「現場の写真撮影や書類の整理、その他の雑用は、主に新人のスタッフが担当することがよくあります。しかし、雑用ばかりを任せることで、新人が仕事にやりがいを感じづらいという一面もありました。

ビルモアを使用すれば、写真や書類はクラウド上で整理されるため、従来のように手作業で管理する必要はありません。現場の見える化や業務効率化が進んだことで、写真を撮影する社員のモチベーションがアップするという効果も出ました。

Building MOREの画面例
Building MOREの画面例

このように労働環境が変わったことで、従来と同額のコストで求人募集を行っているにもかかわらず、入社するスタッフの数が増加しました。女性の入社希望者も増えており、女性スタッフが結婚~出産後も活躍できるよう、職場に戻りやすい環境を整えています」

さらに、ビルモアを導入することで、ベテランのスタッフが働きやすい環境も構築できているといいます。

「建設業で最もノウハウを持っているのがベテランのスタッフたちです。体力的な負担を考慮すると、彼らに建設現場での作業を依頼しづらい面がありますが、ビルモアのような現場を見える化するツールを使えば、現場に足を運ばなくても、現場の若手スタッフに注意点を指摘したり、アドバイスできるようになりました。

こうしたこともあって、隂山建設では定年制を撤廃しています。我々は単に定年を撤廃するだけでなく、ベテランのスタッフたちが活躍できる、一生働ける企業になることを目指しています。そのための手段が、ビルモアのようなDXツールだったというわけです」

1社だけがDX化しても、業界のDX化は進まない

このように、もともとは自社用のアプリとして開発されたビルモアは、今では全国の建設会社から問い合わせが届くツールとなっています。

隂山氏はビルモアをより多くの企業に利用されるツールにするために、大手建設会社の協力も得ながら、建設業向けデジタルソリューションの開発・提供を行う株式会社EARTHBRAINとの共同開発に舵を切りました。具体的な取り組みとしては、建設会社の協力会社に向けた「Building MORE Plus(ビルモアプラス)」というアプリの開発にも着手しました。

「建設業界は、元請け会社~下請け会社~孫請け会社のように、多段階に仕事の発注が行われる多重構造となっています。そのため、たとえ元請けの企業だけがDXしても、プロジェクト全体の効率化には限界があります。協力企業も巻き込んで、元請け企業とスマートに連携できるよう、新たなアプリの開発を進めています。

現在はこのほかにも、協力会社の職人に向けて、書類のクラウド化を実現するアプリの開発にも取り組んでいます。ビルモアとビルモアプラス、そしてその先のアプリを連携しようと現在チャレンジ中です。年内にはPoC(概念実証)を始めつつ、できれば約1年後にはリリースしたいと考えています」

DXの鍵を握るのは「誰でも簡単に使えるツール」

このように建設業界のDXに向けてさまざまな挑戦を続けている隂山氏は、DXを進めるうえで重要なポイントとして「ツールの使いやすさ」を指摘します。

「DXを無理に推し進めると、脱落する企業や職人が出る恐れがあります。建設業界は全般的にデジタル化に出遅れているため、まずはデジタル化を進めるための下準備から始めなければならない企業も多いと思われます。従業員がDXからの脱落を防ぐためにも、誰にでも簡単に使えるツールを用意し、DXの環境を整備することが重要と考えます。

特にスピード感を大事にするのであれば、習得に時間が掛かるような難解なツールではなく、デジタルに疎い人でも使えるような、現実的なツールを導入していく必要があると感じています」

隂山氏はその一方で、「DXは決してゴールではない」と、あくまでDXは目的ではなく手段である点も強調します。

「最近は、DXという言葉がやたらと前面に出てきているように感じます。しかし、DXもソリューションを導入して終わりではありません。導入したうえで、業務を楽にすることが最終目的です。それを実現するのが、DXやクラウドサービスである、ということです」

多くの中小企業では、DXやデジタル化が進まなかったり、そもそも取り組みすら検討していないケースも多いかもしれません。しかし隂山氏は、中小企業だからこそできることもあると指摘します。

「人材や設備に投資できる大企業に比べて、中小企業は業務改革が難しく進みづらいという声をよく耳にします。しかし中小企業は、決断の速さと小回りがきく実行力が強みです。経営トップに熱意や情熱があり、意思決定さえできれば、翌日からでも改革に着手できるはずです。

我が社も現状に満足せず、建設業界以外の方からもアドバイスを頂きながら、これからもチャレンジャーの立場として業界全体のDXに挑んでいきたいと考えています」

<インタビュイープロフィール>
隂山 正弘 (かげやま まさひろ)

隂山 正弘氏

2007年に隂山建設株式会社 代表取締役に就任。2017年にカゲヤマホールディングス株式会社設立、代表取締役就任。デジタル技術を用いた業務改革を進め、全国中小企業クラウド実践大賞全国大会「日本商工会議所会頭賞」、TOHOKU DX大賞2022 最優秀賞(東北経済産業局長賞)など数々の賞を受賞。

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