世界のインターネット投票はどこまで
普及している?
総務省の調査によると、日本の国政選挙の投票率は2021年10月の第49回衆議院議員総選挙では55.93%、2022年7月の第26回参議院議員通常選挙では52.05%となっています。国政選挙の投票率は低迷しており、その一因となっているのが若年層の投票率の低さです。具体的に年代別で過去10年の国政選挙の投票率をみると、20代の投票率は40%未満、30代の投票率も50%に届かない結果が続いています。
2015年の公職選挙法などの改正により選挙権年齢が満18歳以上に引き下げられたものの、いずれの選挙でも若年層の投票率は低い水準のため、総務省では若年層への選挙啓発や主権者教育に取り組むとともに、関係機関などと緊密な連携を図り、投票率の向上に努めています。その一環としてインターネット投票を導入する議論が進んでいることをご存じでしょうか。すでに茨城県つくば市では、2024年10月の市長選・市議選で、国初のインターネット投票の実施を目指し、準備を進めている状況です。
インターネット投票の議論は世界でも活発です。世界初のインターネット投票は2000年3月にアメリカのアリゾナ州で行われた民主党の大統領選挙予備選です。目的は日本と同じく投票率の向上でしたが、前回の投票数12,800人から86,000人以上となり、結果的に約7倍に跳ね上がったといいます。現在、アメリカでは一部の州の在外選挙でインターネット投票を導入しています(一方で改ざんやハッキングの危険性があることから2020年、前回のアメリカ合衆国大統領選挙では24%の自治体が採用するにとどまっています)。それ以外の国でも、エストニア、スイス、フランス、オーストラリアなどでインターネット投票が実際に行われています。
とくにエストニアでは、すでに国政選挙でインターネット投票が継続的に行われ、一部の有権者ではなく、すべての有権者がインターネット投票を選択できる運用は世界の耳目を集めています。2023年3月の国政選挙でのインターネット投票による期日前投票は50%を超え、紙による投票を初めて上回りました。もちろん、人口135万人(2022年)のエストニアと日本の1億2495万人 (2022年)を単純に比較することはできません。しかし、2005年の地方議会選挙以降、エストニアではインターネット投票が一度も中断されることなく続いている事実から、日本でも学ぶことが多いといえるでしょう。
インターネット投票のメリットと実装の課題
日本におけるインターネット投票の取り組みは1999年、旧自治省(現 総務省)の「電子機器利用による選挙システム研究会」の検討が発端です。2002年には「電磁的記録式投票法」(通称「電子投票法」)が施行。自治体がインターネット投票の導入を選択し、条例を定めた場合において地方選挙でインターネット投票を採用できるようになりました。2013年にはインターネットを使った選挙運動が解禁され、さらにインターネット投票の導入を求める声は大きくなっています。
インターネット投票の最大のメリットは、スマホやタブレットを利用した手軽な投票により若年層の投票率アップが期待できることです。わざわざ投票所に足を運ぶ必要がないため、台風や豪雨といった悪天候にも影響されにくく、仕事中や旅行先でも投票でき、外出が困難な高齢者でも投票できるようになるため、伸び悩む投票率を大幅に底上げする可能性があります。さらにデジタルデータによる迅速、正確な投票結果の自動集計が可能になるため開票の作業スピードアップが見込めます。加えて、紙の投票用紙や投票所の運営にかかる費用が減少することで、選挙運営にかかるコストの削減も実現できるといいます。
このようにインターネット投票の導入はメリットが多い一方、国の命運を左右する民主主義の根幹となる選挙では課題も多いのが実情です。投票所以外で行われる投票の本人確認の方法、買収や強要が起きていないことをチェックする体制、投票した人と誰に投票したかが紐づかない秘密保持の仕組みづくり、さらに通信障害やデータ改ざんといったリスクを抑える対策が必要になってきます。
市長選、市議選でのインターネット投票の実施を目指しているつくば市では、これらの課題を解決する対策を講じています。まず「本人確認の方法」として複数の認証を採用。具体的には有権者に専用アプリをダウンロードしてもらい、アプリ上で市から郵送された投票用QRコードを読み取り、有権者のマイナンバーカードを読み取ると投票画面が表示される3段構えになっています。
「買収や強要による投票を防ぐ」ためにインターネット投票を期日前投票の期間中に限定、期間中は何度でも投票をやり直せる仕組みも構築されています。たとえば、監視下で特定の候補者への投票を強要されたとしても、後からインターネット投票のやり直しができます。加えて、選挙当日に投票所で1票を投じれば、インターネット投票は取り消される仕組みです。
「投票の秘密」を守るためには投票者のデータと投票した内容のデータを切り離し、投票者のデータは匿名化、投票内容のデータは暗号化して管理しています。これにより選挙管理委員会でも投票先のデータは把握できないようになっており、万一、サイバー攻撃などによりデータの改ざんが行われた場合でも瞬時に改ざんの痕跡が把握できるようになっています。さらに通信障害やデータ改ざんに備えてサーバーの分散管理も行っています。
現在、つくば市の市長選挙・市議会議員選挙でインターネット投票の対象となるのは、投票所への移動が困難な不在者投票に限られます。マイナーバーカードを持っていることに加え、投票には事前の申請が必要となり、かつ投票は期日前の期間に限られるといいます。
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インターネット投票実現のカギは
ブロックチェーン
インターネット投票を実現するには、なりすまし投票、二重投票の防止、投票の秘密の確保、改ざんの防止、フェイクニュース対策などクリアすべき課題が少なくありません。しかも、現行の公職選挙法では立会人が同席する投票所での投票を原則としているため、法改正も必要になります。
投票の秘密の確保、改ざんの防止などを解決する有効な手立ての1つがつくば市でも採用されているブロックチェーンです。これはブロックと呼ばれる単位でデータを管理し、鎖(チェーン)のように連結して保管する技術です。これにより投票の秘匿性を確保した上で、改ざんされることなくすべての投票結果を管理できるようになります。さらにブロックチェーンによるインターネット投票は柔軟な投票スタイルへの対応、人件費など大幅なコストカットが見込める、再投票が可能になるなどのメリットがあります。
しかし、いくらブロックチェーンを用いて投票データの秘匿性、真正性が担保できたとしても、インターネット投票を行うスマホなどの端末がハッキングされる可能性もあります。マルウェアなどにスマホが感染して投票先が意図的に変えられれば、改ざんされた投票内容がブロックチェーン上に記録されるリスクがあります。さらにブロックチェーンの利点である匿名性や分散性を利用して、投票買収が行われる可能性もゼロではありません。このようなソフトウェアやハードウェアのセキュリティ強化する新たな技術を開発、対策を構築し、実装していくことがインターネット投票を実現する1つのカギになります。
ブロックチェーンなどの技術を活用したインターネット投票が社会実装できれば、ビジネスのさまざまな領域にその仕組みが広がっていくと考えられます。たとえば、企業においては株主総会や社内アンケートなどへの活用が進み、集約した意見をもとに、効率的な企業運営や社員のエンゲージメントの向上ができるようになるでしょう。社員や会社の機密情報を守ることで、適切な企業運営及び、強力なDX推進にもつながっていくはずです。そういう意味でも、日本におけるインターネット投票導入の動向は、つねにキャッチアップしておきましょう。