日本が陥っている人手不足の3つのパターン
厚生労働省は2024年8月、少子高齢化によって人口の減少が進む日本において、どのように労働力を確保するか、その見通しについてまとめた「雇用政策研究会報告書」という資料を発表しました。
この報告書によると、日本で現在発生している人手不足には、以下の3点のパターンがあるといいます。
【1】労働需要超過型の人手不足
「労働需要超過型」は、企業が求める労働の需要に対し、労働力の供給が追いついていないタイプの人手不足を指します。つまり、単純に労働力が足りていない状況のことです。
【2】摩擦的な人手不足
「摩擦的な人手不足」は、求人と求職のミスマッチによって生じる人手不足のことです。たとえば、新たな人材が確保できたとしても、労働者がすぐに離職してしまうことで、人手不足の状況が続いてしまう事態を指します。
【3】構造的な人手不足
「構造的な人手不足」は、たとえば労働者自身が何かしらの制約を抱えているため、職場環境や労働条件に対応できず、パフォーマンスが低下してしまったり、企業側が求めているスキルを有する人材が社会的に不足してしまっていたりなど、労働者自身・企業単独では解決しづらい、社会構造的な人手不足をあらわします。
人口が減少する中で、企業はこのような人手不足に対し、どのように労働力を確保すべきなのでしょうか? 同資料から読み解きます。
企業は今や、労働者を「選ぶ側」ではなく、
労働者から「選ばれる側」である
同報告書によると、約15年後の2040年には、日本の総人口は現在の約9割まで落ち、65歳以上の人口がおよそ35%を占める“超高齢化社会”を迎えるといいます。
2040年の労働力人口については6,791万人(うち就業者は6,734万人)と予想されていますが、これは経済成長と労働参加が同時に実現できたシナリオによって算出されたものです。現在から一人あたりの実質成長がゼロ、かつ労働参加も現状から進まないと仮定した場合、労働力人口は6,002万人、就業者は5,768万人まで大幅に減少する見通しです。
報告書では、経済成長と労働参加が進展するシナリオを現実にするためには、働き方や職場環境、労働市場のインフラを最適化し、多様な個人の労働参加を促進し、経済成長のために新たなテクノロジーを通じた付加価値の向上が重要とされています。このほかにも、省力化に対する投資、従来の働き方を見直すことによる業務効率化や長時間労働の是正といった取り組みを同時に行っていくことで、労働生産性の向上が見込めるといいます。
報告書ではさらに、労働者に対する雇用政策についても、従来のやり方から転換する必要があると主張しています。
これまでの雇用対策といえば、再就職のための職業訓練や雇入れ助成など、「労働者が企業に雇われる力」や「労働者が雇用されやすい環境整備」に力点を置いた政策が中心でした。
しかし、労働人口が減り、人手不足が続いている現状、企業は労働者を“選ぶ側”ではなく、労働者から“選ばれる側”に、その役割が転換してきています。そのため企業は「労働者から選ばれる力」や「労働者が活躍しやすい環境整備」を、より積極的に展開していくことが重要としています。
労働者から選ばれる企業になるための
3つの取り組みとは
労働者から選ばれるための具体的な取り組みとして、報告書では以下3つの取り組みを挙げています。
【1】多様な個人の労働参加
労働者から選ばれる職場になるためには、労働者それぞれのライフスタイルや価値観に応じ、個人が多様で柔軟な働き方ができるよう、さまざまな選択肢を提示する雇用管理へ転換していくことが求められます。
具体的には、テレワークやフレックスタイム制の導入や、ミドル・シニア世代の労働者に対する学び直しの実施、シニア世代が働きやすい短時間勤務や週に数回のみ出勤するなど柔軟な労働条件の提供、月経や更年期症状といった女性特有の健康課題に合わせた働き方の導入、介護休業制度のような仕事と介護を両立する制度の整備などが挙げられます。
【2】新たなテクノロジーを活用した労働生産性の向上
生成AIなどの新たなテクノロジーは、労働生産性を向上するだけでなく、新たな労働需要を創出することによる経済成長にもつながり、やがては社会全体の豊かさの向上に貢献することが期待されます。一方で、テクノロジーが普及するまでの過渡期には、労働者が「雇用がテクノロジーに奪われてしまう」と懸念を抱く恐れもあるといいます。
企業側はこうした新たなテクノロジーを“未知のもの”として過度に懸念するのではなく、まずは活用することで、その経験から得られる課題について向き合い、その活用法を模索していくことが求められます。さらに、従業員がテクノロジーに代替されないスキルを持てるよう、技術変化を踏まえたキャリア形成支援・職業訓練を実施することも重要です。
【3】労働市場のインフラ整備
労働者が、自身のライフスタイルや価値観に適した多様で柔軟な働き方を実現するためには、労働市場のマッチング機能の強化や人材育成支援など、総合的なインフラ整備を行うことが求められます。たとえば、労働者側と企業側が労使双方で人材育成の意義や方向性の共通認識を持ち、労働者が自律的にキャリア形成を行う仕組みを企業内に構築していくことも重要です。
これらのことから、企業が労働者から選ばれるためには、さまざまな事情を持った人が働けるよう多様性を許容する柔軟な対応や、新しいテクノロジーに臆することなく積極的に取り入れた生産性向上への高い意識、人材育成やキャリア形成支援に向けた環境整備への姿勢、などが求められているということになります。
外国人スタッフも日本人スタッフも
面倒な作業をどのように改善したのか?
報告書の参考資料には、すでにこれらの取り組みを行い、労働者から選ばれる企業へと転換しているいくつかの企業の例が取り上げられています。たとえば、高齢者向けグループホームを運営する「さくらCSホールディングス株式会社」では、多様な人材を確保し、新たなテクノロジーを導入することで、人手不足を解消したといいます。
同社は外国人人材の活用を進めたものの、スタッフは日本語に不慣れなため、毎日の記録の作成に時間がかかっていました。この作業は紙媒体で記録するため、日本人のスタッフにとっても記入に時間が掛かっており、毎日1~2時間ほど要していたといいます。
そこで同社では、ケア記録作成用のスマートフォンアプリを自社で開発。サービス利用者の氏名やサービス提供日時といった、 定型的な事項の入力は選択式にし、記述式の欄は特記事項など最小限にとどめ、かつ音声入力に対応するなど、記録作成時の負担を抑える仕組みに変更しました。
多くの職員がスマホの操作に慣れていることもあり、アプリは従業員に受け入れられ、ケア記録の作成にかける時間が大幅に短縮。勤務後にケア記録作成の業務を行うケースは、現在ではほぼ見られないといいます。さらに、業務の生産性に取り組んでいることが業界で話題となり、新卒の採用も安定して行えているそうです。
人手不足に悩む企業は多いかもしれませんが、企業が労働者から「選ばれる側」に回っている今、かつてのような「選ぶ側」の求人のままでは、優秀な人材が申し込んでくる可能性は低いままでしょう。
誰でも働きやすく、かつ労働生産性も高く、労働者自身がスキルを学べるような労働環境であれば、たとえ労働人口が少ない時代であっても、一定の求人は確保できるでしょう。
選ばれる企業の2点目として挙げた「新しいテクノロジーの導入」がなかなか進まない企業もあるかもしれませんが、経済産業省では現在、中小企業・小規模事業者等の導入を支援する「IT導入補助金」の募集を行っています。こうした制度を利用すれば、スモールステップで対策が始められることでしょう。
人手不足に悩んでいるのであれば、この雇用政策研究会報告書に目を通し、自社の労働環境を改善してみてはいかがでしょうか。